物質中の電磁場の研究

坂野 斎(山梨大学)

物質に内在するベクトルポテンシャルの理論

川添忠博士と大津元一教授は2011年にフォトンブリーディングという方法で,シリコンなどの間接遷移型半導体から高効率のLEDを作製しました[1,2].これは,直接遷移型半導体が発光デバイスの材料として相応しいという常識を破るエポックメイキングです.面白いことに,このLEDは半導体なのに強烈な磁気光学効果や強磁性を示します.また,光学フォノンが関与している実験的証拠があります.現象の巨大さは大きなコヒーレント長の電子系の存在を,磁気現象と関係することや光学フォノンの関与はベクトルポテンシャルの関与を示唆します.ここで,磁場ではなくベクトルポテンシャルに注目する理由を説明しましょう.

電場と磁場の有効性
電磁気学はもっとも完成がはやかった学問で,アインシュタインの相対性理論でも変更を受けませんでした.一方,マクロな実験で観測・制御しやすい電場,磁場という概念に強く縛られ,電磁場の本質である電磁ポテンシャル(スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャル)で考えることは研究の日常にはなっていません.わずかに,アハラノフ=ボーム効果や超伝導体のマイスナー効果で電磁ポテンシャルの必要性の片鱗を伺い識ることができます. 一方,理論では,作用積分にもハミルトニアンにも電磁ポテンシャルが必須で,電場,磁場は登場しません.このような理論と現実の乖離の原因には物理的なもの,心理的なものがあるように思います.もし,ご興味があれば以下の記事をお読みいただければ幸いです.
電磁ポテンシャルとドレスト光子 ~電場・磁場での記述の破綻が現れるとき~

内在ベクトルポテンシャル
さて,近接場(物質に近い電磁場)や内在電磁場(物質中の電磁場)は電磁ポテンシャルで記述することは,作用積分やハミルトニアンに電磁ポテンシャルが用いられることから必然の事と言えます.電磁ポテンシャルのうち,スカラーポテンシャルはよくなじまれており,電圧とか,静電ポテンシャルとかいわれたり,物質中で電荷密度間のクーロン相互作用を担うゲージ場として分子軌道計算で非摂動論的に考慮され,トーマスフェルミの遮蔽効果でも非摂動論的に考慮されてきました.一方,ベクトルポテンシャルは,光の入射や発光に摂動論的に登場するだけで,それの物質間での相互作用はレーザーの発振現象以外には有効にかんがえられてきませんでした.でも,物質中にはベクトルポテンシャルの源泉である電流密度は,バリスティックでなくても,電荷密度のゆらぎに相応する電流密度,磁化電流密度,光学フォノンに付随する電流密度などさまざまなものがあり,この源泉が内在ベクトルポテンシャルを生じせしめ,電子系に影響を及ぼすことが考えられます.

非相対論的効果,流れと非線形性のインタープレイ:散逸構造的現象
内在ベクトルポテンシャルには,非相対論系の効果として線形,非線形の効果があり,線形のものは,超伝導のロンドン構成方程式で記述される部分,非線形効果は通常弱いと考えて無視されるものです.この無視されてきた非線形性と光学フォノンなど外電流密度との結合を同時に考えることは,非平衡熱力学の散逸構造の理論[3]と類似で,基底状態から遠い定常状態を生み出す可能性があります.それが,フォトンブリーディングで達成される高効率発光ではないでしょうか?


非流れを考慮した最小作用の原理による量子的散逸構造の探索

フォトンブリーディングの仕組みを理論的に明らかにするには,電磁ポテンシャルへの電子系の応答をゲージ不変性を保ちながら考慮すること,それを非摂動論的にとりあつかうこと,非平衡開放系を作用積分をもとに記述すること,など理論的座組を整える必要があります,いま基礎工事を終えつつあるところです.内在ベクトルポテンシャルは遍在するものですので,もし,フォトンブリーディングが記述できれば,きっと,触媒反応などへの応用ができるものと考えています.私は化学出身ですので化学へ関与できれば嬉しい限りです. 基礎工事[4]に手間取りなかなか論文がかけないのですが,ご興味がありましたら,いくつかの文章を他のところに投稿していますので,ご高覧くださいましたら幸いです
いくつかの解説記事

[1] Minh Anh Tran, Tadashi Kawazoe, and Motoichi Ohtsu. Fabrication of a bulk silicon p-n homojunction-structured light-emitting diode showing visible electroluminescence at room temperature. Appl. Phys. A, 115:105-111, 2014. DOI 10.1007/s00339-013-7907-9.
[2] M. Ohtsu. Silicon Light-Emitting Diodes and Lasers. Springer International Publishing, Switsland, 2016.
[3] G. ニコリス and I. プリゴジーヌ. 散逸構造 - 自己秩序形成の物理学的基礎. 岩波書店, 1980
[4] 坂野 斎 非放射場と放射場を対等に扱う単一感受率による光学の理論    JSPS科学研究費 25610071 (挑戦的萌芽研究:2013-2015年)のまとめです.