フランス・テキスト分析
テキスト1(原文はここ)
「お金のない人に、10分前には必要を感じなかった新製品をほしい気持ちにさせる。これこそ広告の倒錯した機能であると同時にその圧倒的な魔術なのだ。」F・B『99フラン』
(金持ちの国々における)供給過剰の今日、消費者は商品の洪水の中で選択基準をもつ必要がある。ところが、市場に出回る商品の大部分は基準を満たしており、品質ではその製品を大量 に売るには不十分なのである。 大衆に買わせるためには、(広告、製品デザイン、テキストの選択、ブランドの言説、ロゴなどを含む広義の)コミュニケーションにより、製品の周辺にそれとすぐにわかる強力な象徴的世界を創出する必要がある。消費者はこの世界とそこに漂う諸価値に自己同一化したいと思わなければならないし、また自己同一化できなければならない。買うという行為はほとんど信仰告白であるといってもよい。 品質に基づく言説というものは、技術革新が起こり供給源が限られたときぐらいしか存在しない。 そうでない場合は、製品説明の対象は自動車ではなく、「貴方の自由の不可避な道具」ということになる。 製品は消費者にとって一番関心のある対象、つまり消費者自身について消費者に語るための口実となるのだ。 したがって、商品やサービスは商品やサービスとして大衆にしめされることはなく、大衆の全面 的な同意をえるために象徴的に表象されるにすぎない。 この表象により、コミュニケーションが強調するのは消費者の利益であって、製品の品質ではない。この点が今日の広告とかっての宣伝をわける根本的な相違である。
テキスト2 (原文はここ)
広告が生まれたのはいつのことだろうか。 むずかしい問いだ。自分のアイデアを売るためのプロパガンダこそは広告の最も古い形態といえるが、呼び声というのは広告の前史的形態ということになるだろう。 呼び子が通りを渡り歩き、辻で立ち止まっては王、教会、ギルドなどの公文書を告知したり、葬儀、商品、招集、遺失物、などを告げたりしたが、これはもうこれでりっぱな広告であった。 1539年、フランソワ1世の時代に、王令はトランペットと呼び声により公示された後、板に貼り付けられることになる。これがポスターのはじまりである。 ジャン・ミッシェル・パピヨンは最初期のポスター制作者の一人であり、そのサイン入りポスターも残っている。彼は広告の図象学的用語をまとめようとした最初の理論化でもあった。 1789年の大革命はコミュニケーションの全分野で爆発的な変革をもたらした。言説、新聞、誹謗文、そしてもちろんポスターもである。