環境現象学

キーワード:その2

(ただいま準備中)

主観的空間認知の現象学的、文化史的分析

Subjective recognition of space : phenomenological & historical approach

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農民と風景画

「絵画が風景を発見するにしたがい、風景画から農民が排除されてきた」パトリック・プラド

Patrick Prado, "Paysages sans paysans" in L'Homme nº138, avril-juin 1996, 111-120のレジュメ

 

 

  • city centre:都市の比較文化

    Los Angeles

    東京

    Paris

     

     

    ゲシュタルト(Gestalt)

    例1例2例3例4

    「建築とは境界をつくって「内部」と「外部」とを区別する技術であり、境界から内に向かって求心的に空間を秩序立てる方法である。」芦原義信『街並みの美学』岩波現代文庫、5頁

    外部のような内部:フランス国立図書館

    内部のような外部:

    街路1(rue)、街路2(rue)

    穴居1(troglodyte)、穴居2(troglodyte)、穴居3(troglodyte)

     


    ホモサピエンスに共通すると考えられる知覚的傾向:超文化的特長

    普遍的な二項対立的空間観念と非対称性

    →cf.元風景 proto-paysage「人間とその環境の間に必然的に存在する視覚的な関係」ベルク、1990、p.16)
    Jay APPLETON, The Experience of Landscape, London, 1975
    →cf.認知科学的アプローチ:下條信輔『<意識>とは何だろうか』講談社現代新書

     


    空間認知における身体的・物理的媒介性: 対人距離、移動スピード

     

    プロクセミックス:対人状況での主観的空間意識(エドワード・ホール『かくれた次元』による)

        1)密接距離:体温、息、におい、触感、視覚像の歪み、生理的不快感を起こしうる
            近接相(0〜15センチ)愛撫、慰め、保護、格闘
            遠方相(15〜45センチ)ささゆき、ひそひそ
        2)個体距離:人間の空間的ななわばり:「社会心理学者は個人の身体のまわりに泡のようにひろがるその空間を自我の延長とみなしている。そこに他人が侵入すると自我そのものが侵されたような不安感が生じるからだ。」57頁(からだの前方が左右や後方のおよそ2倍、男は女の2.5〜3倍)
            近接相(45〜75センチ)
            遠方相(75〜120センチ):触ることができる、表情が読め、個人的な話が可能
        3)社会距離:互いに隔離する距離
            近接相(1.2〜2.1メートル)、遠方相(2.1〜3.6メートル):非個人的な話、
        4)公衆距離:特定の個人としての特長が消える(人がアリにみえてくる)
            近接相(3.6〜7.5メートル)、遠方相(7.5メートル以上)

     

    五感と空間認知:視覚聴覚嗅覚味覚触覚

     

     

     

    移動する身体(スピード) と風景の構築

    「為す(faire)」=「持つ(avoir)」:所有の存在論(サルトル)

    「スキーの意味は、ただ単に、急速な移動ができるということや、技術的な巧妙さを獲得することにあるのではない。それはまた、ただ単に、私のスピードやコースの困難さを意のままに増し加えて遊ぶことにあるのでもない。スキーの意味は、この雪原を所有することを私に許してくれるという点にもある。今では、私はこの雪原を何ものかたらしめる。言い換えれば、スキーヤーとしての私の行動そのものによって、私はこの雪原の素材と意味を一変させる」「私はこの雪のスロープを把握するためにある種の観点を選んだ。その観点は、私から流出する一定のスピードであり、私は意のままにそれを増減することができる。このスピードは通過される雪原を、一つの限定された対象として構成する[..](例えば、<歩いて>見物したプロヴァンス、<自動車で>、<汽車で>、<自転車で>見物したプロヴァンスのことを考えてみよう。ナルボンヌからベジェまで、1時間で行くか、半日で行くか、あるいは二日がかりで行くかに応じて、言い換えれば、ナルボンヌがその付近とともにそれだけとして孤立するか、あるいはナルボンヌが例えばベジェやセートと密接に結びついた一群を構成するかに応じて、プロヴァンスは種々の相貌を呈する。」サルトル『存在と無』第三巻、334-335

     

    感覚器官の延長としてのメディア

    速度:航空機、鉄道、自動車

    視点:航空機、宇宙船

    飛行機からみた地上の図柄(地形学:客観的形状)と地上から見た風景(風景学:主観的透視像)→中村『風景学入門』

    サンテクジュペリの幻想的(=航空機的)視点

    メディア:絵画、写真、映画、通信(電話、インターネット)

    空間認知における政治的な次元:祖国の風景

    唱歌

    外国に長期間滞在すると、当然のことながら祖国を思うものである。ただ、視覚的に思い浮かべるということはあまりない。もっと観念的なものだ。例えば、私がパリにいたとき、ときどき「赤とんぼ」のような文部省唱歌を想った。聞こえるともなく、歌うともなく、歌というより恐らく一種の観念のようなものとして想った。「夕焼け小焼けの赤とんぼ〜」 だが、それと同時に情景が浮かぶのだ。これもまたはっきりとした情景ではない。なつかしさが刻印され、なつかしさという感情と分けることができない<情>景。あるいはなつかしさに浸りたいという気持ちが予めあり、それがある心的映像を単にアリバイとして召喚しただけだったのだろうか。だが、祖国を懐かしく思う(思いたい)とき、唱歌が媒介となって感情を支えるというのは実はどの文化にもあるわけではない。文部省唱歌は明治政府の国家政策として作られたものだ。当時の一流の作曲家と文学者をあつめたプロジェクトは見事に成功したというほかはない。なぜなら、国家意識というものが近代が捏造した制度的な空間認識だとしたら、文部省唱歌はそれに正に情感をともなったアリバイを与えたからである。「赤とんぼ」に心動かされるとき、人は「日本」という祖国を信じることになる。

      「愛国心には二種類ある。地域的なものと、帝国的なものだ。」とイーフー・トゥアンは書いているが、文部省唱歌はまさに帝国(nation)がまるで地域(pays)でもあるかのような、幻想的実体性を帝国に付与している。

    政治的空間区分の歴史

    • 日本:→藩→県
    • フランス:pays→departement, region

       

     


    空間の相対論


    生物学的相対論


    ユクスキュル『動物の環境世界と内的世界』1909

    系統発生の全段階においてそれぞれの空間感覚があって、それに応じた数だけの世界がある
    「通常考えられているような、自然が動物に順応を強いるというのは正しくない。逆なのであって、それぞれの動物固有の欲求に合わせて動物が自然を構成するのである。」

    山口陽子「自己と環境を関係づける生物システムの原理」『アエラ情報学がわかる』

    「自分のいる環境を自己の身体座標を超越した場所として統合し(これは認知地図と喚ばれる)、その情報を海馬に表現しているということです。ラットが迷路を走り回る最中の海馬からの電極の記録で、実験的に明確にわかるのです。」70

    人類学的・政治学的・歴史的相対論

    デュルケーム『分類の未開形態』『宗教生活の原初形態』

    • 集合的感覚としての空間意識
    • 空間の区分けは構造として社会の形態に対応している
    • 空間=大きな円:北米、オーストラリア→部族の円形に対応
    • cf. 東京の虚点としての皇居=日本人の精神構造のメタファー(バルト)


    シュペングラー『西洋の没落』

    • 空間感覚=「基幹的記号」
    • 政治制度、宗教の神話、倫理観、科学的原理、絵画・音楽・彫刻などに内在
      • 空間=石造りの狭い道:エジプト
      • 空間=自然を通って祖先の墓にいたる道:中国
      • 空間=コスモス:ギリシャ→
      • cf.空間=フロンティア:ターナー説「フロンティア→アメリカとヨーロッパにおける民主主義の促進」→空き空間の喪失→国立公園建設:1872年イエローストーン公園

    フランスにおける風景の捏造

    • 太陽王は支配可能な自然(規則的庭園、見晴らせる平原)のみを美的対象として認め、支配できない自然を忌避した。→光学的秩序(ordre optique)

    • 19世紀の近代国家は文学者や画家の手を借りて、国家を表徴する典型的な風景を求めた。それは他の国家と差異化する風景で、なおかつ国民性を説明する風景でなければならなかった→国家主義と風景


    絵画史にみる空間のとらえ方の変遷

    • 中世:封建的(人物の大小=人物の重要度)
    • 近世:遠近法の理論化(1435年:アルベルティ)
      • 神の秩序、自然の調和、人の美徳の統一ある絵画空間
      • 当時のフィレンツェの「目に見える比喩」
    • 現代:印象派、キュビズム、セザンヌ
      • セザンヌ:奥行き感の減少、多視点遠近法
      • 「物理学の原子理論と場の理論において、空間が成分をもち活性的でもあると認められたように、絵画でも空間が二つの積極的な様態で認知される。その成分的機能はキュビズムの、物と物の間の空間の表現において最も明確であり、活性的機能の方は、空間にある物によって活力を与えられた空間を描いたヴァン・ゴッホ、ムンク、セザンヌ、未来派に見て取ることができる。」S・カーン、49

    造園史にみる空間のとらえ方の変遷

    • 中国式庭園:遊歩者の視点→風景学的まなざし
    • 日本式庭園:
    • イギリス式庭園:
    • フランス式庭園:幾何学的、造園者(王、造園家)の視点→上空飛翔的、地形学的まなざし

    建築史にみる空間のとらえ方の変遷

    • 「19世紀は内側から外に向けて建築することを忘れていたのだ。外見のために内実を犠牲にした、正面(ファサード)重視の建築であった。」ヘンドリク・ベルラー
    • 20世紀:建築の真の目的=「空間の芸術」

    哲学史にみる空間のとらえ方の変遷

    デカルト
    カント
    ニーチェ
    オルテガ・イ・ガセット:遠近法主義
    「唯一不変の現実は存在しない。視点の数だけ現実がある。」
    ハイデッガー、サルトル

    文学史にみる空間のとらえ方の変遷

    • 民話・神話
    • 中世
    • 古典主義
    • 都市と田園
      古典演劇の舞台は都市である。『ドン・ジュアン』で森・田園が登場するのは当時としてはむしろ例外的な事態であった。
      『クレーブの奥方』においては、パリでの宮中、貴族宅が主要な舞台となるが、クレーブ夫人がヌムール公から離れるためにこもるクロミエの別荘も,ヌムール公がクレーブ夫妻の会話を立聞きするという極めて視覚的な有名な場面の舞台となる。
    • 19世紀
    • 20世紀
    • ヌーヴォーロマン