文化の受容と変容:講義用資料
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- 「恋愛は人世の秘鑰なり、恋愛ありて後人世あり」北村透谷(「厭世詩家と女性」)
- 「あなたを垣間見ただけで、私の声はうちふるえ、舌はこわばり、全身が微細な炎にちりちりと焼かれる」サッフォー
- 「ふたりの人間の出会いは、ふたつの化学物質の接触のようなものだ。何らかの反応が起こると、両方とも変質する。」K・ユング
- 「一時的な精神異常だが、結婚するか、あるいはこの病気の原因になった影響力から患者を遠ざけるかすれば、簡単になおる。」ビアズ
- 「心理的愛は本来悪夢のようなものである。それがひとりの人間の内部に彩る愚行や狂気は、すべて、夢の錯乱した諸規則に従っている。」ポール・ヴァレリー『カイエ』
- 「恋しているとは、要するに知覚が麻痺状態にあるということだ。」H・L・メンケン
- 「本当に、その道の大先生方が、欲情を抑えるには、求める相手の身体をくまなく見よと教え、恋愛を冷ますには、愛するものをじろじろ見さえすればよいと教えていることも、一考に値する。」モンテーニュ
- 「この恐るべき情熱にあっては、想像された事物はつねに存在する。」スタンダール
- 「愛とは何か。自分の外に出たいという欲求だ。」「人間は賛美したがる動物なのだ。賛美とは、自分を犠牲にし、身を売ることである。したがって、愛とは、売春だ。」ボードレール
- 「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。」『新明解国語辞典(第6版)』
- 「アマゾンのジャングルでも、パリのサロンでも、あるいはニューギニアの高地でも、女性が男性を誘うときの表情の一連の動きは共通だった。」ヘレン・E・フィッシャー
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西洋 フランス |
日本 |
| 古代〜
12世紀以前 |
- 基本的には男尊女卑
- 古代ローマの同性愛についてはここ
- [世俗]結婚の社会的条件:結婚は家と家の絆(=民事的な契約)
- 古代ゲルマンのムント(=家父長権)結婚:[儀礼]父親が娘を花婿に渡す
- 和合結婚(フリーデルエーエ)の教会による禁止(9世紀)。
- [宗教]性欲=原罪説
- 「神は愛なり」『ヨハネの第1の手紙』 caritas> cupiditas
- アウグスティヌス
- [宗教]緊急避難としての結婚: キリスト教では、基本的には肉欲を忌避する。 したがって、結婚は子供を生むためのやむおえない手段としてのみ認められる(性の三要素[欲望、行為、生殖]のうち欲望を否定)。
- 聖パウロによる5つの大罪
- 聖ヒエロニムス:夫婦での肉体をともなう愛の排除
- 「自分の妻を激しく愛する者は姦淫を犯したことになる」
- 情熱は悪魔の所行
- テルトゥリアヌスによる5段階(3世紀)
- [宗教]旧約聖書の解釈:イヴの原罪→男への服従+出産の苦しみ→女性蔑視(1)
- マコン公会議(581):「女性は理性的存在として分類されるべきか、それとも獣として分類されるべきか、また女性は魂をもっているか」
- マルボード(12世紀):「女は悪魔が人類にしかけた最悪の罠であり、あらゆる悪の根源」
- クリュニー修道院長(10世紀):「女の美しさは皮膚の中にまではおよばない。もし男たちが皮膚の下に見ることがあれば、女性を見ることは反吐をもよおさせるだろう。われわれが指先で痰や糞にふれないのに、どうしてわれわれは、この<肥溜め袋>を抱くことができようか」
- [宗教]マリア信仰:処女崇拝(クリュニー改革、グレゴリウス改革) →女性崇拝(1)
- [宗教]新しい女性像の展開
- 悔悛運動(11世紀)隠修士:マグダラのマリアのモデル化(娼婦のための修道院)
- 異端運動:清貧・貞潔、カタリ派の半数近くが女性、男女の霊性の平等
- 12世紀以前の文学
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- 文学
- 『万葉集』の相聞歌
- 『古今和歌集』
- 『伊勢物語』
- 『源氏物語』
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| 12世紀以降 |
- [宗教]キリスト教における新しい考え方
- 崇拝としての愛から相互的な愛へ
- 人間としてのイエス
- [経済]農業革命(大開墾運動)
- [非宗教]愛の誕生(女性の理想化・男女の愛そのものの目的化) →女性崇拝(2)
- 宮廷風恋愛=霊的でもありうる肉の合一
- ギョーム・ダキテーヌ9世(Guillaume d'Aquitaine IX)
- 「愛は12世紀に生まれた」セニョウボス
- 「ところが、ある日、すべてが変わってしまう。恋をし、恋にやつれるのは今度は男の方なのだ」アンリ・ダヴァンソン
- 「恋をすれば猛々しい野卑な男も立派な人物になり、どんなに卑しい身分の男も高貴な人格を身につけるようになる」
- 「恋は、異性の美しい姿を見て想いを深くするところから生ずる、生得の苦悩である」
- 騎士の一生
- [宗教]キリスト教的結婚の成立:教会で結婚式をあげることが一般化される[儀礼]司祭が新婦を新郎に手渡す(両者の手を握らす)
- [宗教]1215:第4回ラテラノ公会議1
- 成人男女の告解の義務づけ(1年に1度以上)→個人意識の誕生
- [宗教]聖女の誕生
- 中世初期〜13世紀:貴族出身の修道女(特に修道院長)
- 女子修道院=「家族の修道院」:貴族の自己防衛、男性からの自由
- 男装する聖女:より高い霊性の獲得→女性蔑視の反映
- 13世紀以降:神秘主義的、聖なる拒食症→汚れの浄化+聖体パン(キリストとの直接交渉:エクスタシー)、神秘体験(コスモロジック、疑似恋愛、想像妊娠、聖痕、出乳、叫び、涙)
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| ルネッサンス |
- 魔女の捏造:fairy→witch →女性蔑視(2)
- 農村社会の呪術的思考:民間医療、恋愛
- 都市エリートの妄想:呪術的思考の魔女化
- 14世紀〜:悪魔学の発展、異端審問官(Bernard Guy)
- 「魔女の槌」1486: 大ベストセラー(活版印刷術の貢献)
- 性についての書物:女性の性についてすべて知りたいという秘められた願望の公に裁可された姿
- 魔女の徴:淫乱性、薬[毛剃り]、無痛覚[針]、自白[拷問]
- 16世紀〜17世紀中葉:魔女狩りの猖獗
- 宗教改革
- 共同体内部の危機(中世的世間→資本主義的階層対立)
- 絶対主義[司法制度]確立への貢献
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- フロイス『日欧文化比較』
- 「日本の女性は、処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても名誉も失わなければ結婚もできる」
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| アンシャン・レジーム |
- [宗教]15世紀以後、避妊手段を講じないという条件つきで、夫婦間での性欲を許容(性の三要素[欲望、行為、生殖]をすべて夫婦間では認める)。
多産も奨励。
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井原西鶴「浮世草子」
衆道 |
18世紀
(啓蒙時代) |
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近松門左衛門の世話物
忍ぶ恋「恋の極は忍恋と見立て候、遭ひてからは恋のたけが低し、一生忍んで思ひ死すること恋の本意なれ」山本常朝『葉隠』(1710年頃)
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| 19世紀 |
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1871:通婚の自由→自由恋愛 |
| 20世紀 |
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粋(媚態)
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参考文献:
- 文学的アプローチ
- マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』国書刊行会
- ドニ・ド・ルージュモン『愛について:エロスとアガペ』上下、平凡社ライブラリー
- 秋山駿『恋愛の発見』
- 斉藤美奈子『妊娠小説』筑摩書房
- 小谷野敦『<男の恋>の文学史』朝日選書
- 小谷野敦『もてない男』ちくま新書
- 小谷野敦『恋愛論アンソロジー』中公文庫
- 柄谷行人『日本近代文学の起源』講談社文芸文庫
- 宮廷風恋愛と恋愛物語
- 阿部謹也『西洋中世の愛と人格』朝日新聞社(特に4章「西洋における愛の形」)
- 新倉俊一『ヨーロッパ中世人の世界』筑摩書房
- 木村ほか『物語にみる中世ヨーロッパ世界』光村図書[朝日カルチャー叢書](特に3章、新倉俊一「トリスタンとイズーの物語」)
- ベディエ編『トリスタン・イズー物語』岩波文庫
- ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』岩波文庫
- 愛と性の歴史
- デュビーほか『愛と結婚とセクシュアリテの歴史』新曜社
- G・ラットレー・テイラー『歴史におけるエロス』河出書房新社
- 阿部謹也『西洋中世の男と女』筑摩書房
- 阿部謹也『西洋中世の愛と人格:「世間」論序説』朝日新聞社
- ジャン・ルイ・フランドラン『性と歴史』新評論
- 池上俊一『魔女と聖女』講談社現代新書
- ジャック・ルゴフ『中世の知識人』岩波新書
- エチエンヌ・ジルソン『アベラールとエロイーズ』みすず書房
- ジャン・ミッシェル・サルマン『魔女狩り』創元社
- ミシュレ『魔女』岩波文庫
- カルロ・ギンズブルグ『ベナンダンティ:16、17世紀の悪魔崇拝と農耕儀礼』せりか書房
- カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史:サバトの解読』せりか書房
- 『魔女とシャリバリ』アナール論文選、新評論
- 現象学的恋愛論
- 竹田青嗣『恋愛論』作品社
- ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』みすず書房
- スタンダール『恋愛論』新潮文庫
- 九鬼周造『[いき]の構造』岩波文庫
- 社会学的アプローチ
- 大澤真幸『性愛と資本主義』青土社
- 橋爪大三郎『性愛論』岩波書店
- アンドレ・モラリーダニノス『性関係の社会学』白水社[文庫クセジュ]
- 生物学的アプローチ
- デズモンド・モリス『ふれあい:愛のコミュニケーション』平凡社ライブラリー
- ヘレン・E・フィッシャー『愛はなぜ終わるのか:結婚・不倫・離婚の自然史』草思社
- リチャード・ミコッド『なぜオスとメスがあるのか』新潮選書
- フランス語
- Jean-Louis Flandrin , "La vie sexuelle des gens mariés dans
l'ancienne socitété : de la doctrine de l'église
à la réalité des comportements"in Communications
35
- Paul Veyne, "L'homosexualité à Rome" in Communications
35.
- Ph. Ariès, L'amour dans le mariage", in Communications
35
- Jean Verdon, Le plaisir au Moyen Age,
古代ローマの同性愛
- 自由民の子弟に対する愛情はギリシャでは許されたが、ローマでは禁じられた。
- Sénèque le Père: "L'impudicité (c'est-à-dire
la passivité) est une infamie chez un homme libre ; chez un esclave,
c'est son devoir le plus absolu envers son maître; chez l'affranchi,
cela demeure un devoir moral de complaisance."
- "Un noble romain a une épouse (qu'il traite avec des égards,
car il ne tient qu'à elle de divorcer en remportant sa dot), des
esclaves qui sont au besoin ses concubines, des rejetons (mais il les
voit peu, pour éviter toute faiblesse : les domestiques ou le grand-père
élèvent durement ces futurs maîtres); il a aussi un
petit esclave qu'il élève, un alumunus, un qui il épanche
ses instincts paternels, s'il en a, et qui est souvent l'enfant qu'il
a eu d'une esclave (mais il était absolument interdit à
quiconque d'aller le supposer, y compris au père lui-même).
Enfin il a un mignon, tout un bataillon de mignons; Madame en est jalouse,
Monsieur proteste qu'il ne fait rien de mal avec eux, personne n'est dupe,
mais personne n'a le droit de manifester quelque scepticisme. Madame n'est
soulagée que le jour où le mignon commence à avoir
de la moustache : c'est la date où les convenances voulaient que
le maître cessât d'infliger au mignon un traitement indigne
d'un mâle."
- 自由民の成人男子で受身趣味(impudicus ou diatithemenos )は侮蔑の対象であった。
- 男性性(virilité /vs/ mollesse):"L'Etat romain a interdit � à plusieurs
reprises les spectacles d'opéra ... parce qu'ils étaient amollissants
et peu virils, � à la différence des spectacles de gladiateurs."
- 相手が少年であるか女性であるかを問わず、蔑まれたのは情熱そのものである。
- "Il n'est pas exact que les païens aient vu l'homosexualité
d'un oeil indulgent; la vérité est qu'ils ne l'ont pas vue
comme un problème à part; ils admettaient ou condamnaient
chacun la passion amoureuse (dont la légitimité était
discutable à leurs yeux) et la liberté de moeurs."
Paul Veyne, "L'homosexualité à Rome" in Communications
35.
- "Son (de Platon) dessein n'est pas de ramener la passion à
la droite nature, en ne permettant d'aimer que les femmes, mais de supprimer
toute passion en n'autorisant que la sexualité de reproduction
(l'idée qu'on puisse être amoureux d'une femme ne lui a pas
effleuré l'esprit, en effet). "
- "'Je souhaite à mes ennemies d'aimer les femmes et à
mes amis, les garçons', écrivait le poète Properce
en un jour d'amertume, car la pédérastie 'est un fleuve
paisible et sans naufrage : quel mal redouter en un espace aussi étroit?'"
- "L'homophilie romaine... est la conséquence d'un puritanisme,
dont les racines sont politiques. C'est un irresponsable, le poète
Ovide, qui fait l'éloge des femmes en expliquant que le charme
de l'hétérosexualité est dans le plaisir de la partenaire,
alors que les garçons, assure-t-il, n'éprouvent jamais de
plaisir."
- ローマの3つのメルクマール:婚姻外か婚姻内か/する側かされる側か/自由人か奴隷か(奴隷との関係は全く問題ないが、奴隷の方から「される」のはまずい)
- "Bon représentant de la majorité indulgente, Artémidore
distingue les 'relations conformes à la norme' : avec l'épouse,
avec une maîtresse, avec 'l'esclave, homme ou femme'; toutefois,
'être pénétré par son esclave n'est pas bon:
c'est une atteinte et cela indique du mépris de la part de l'esclave'.
Les relations contraires à la norme sont incestueuses. Celles qui
sont contraires à la nature comprennent la bestialité, la
nécrophilie et les unions avec les divinités."
性=原罪説:純潔の称賛
- 「生命を与えるのは霊であり、肉は何の役にもたたない」(同、第六章、第六十三節)
- 「神は、罪を取り除くために御子を罪深い肉とおなじ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。[・・]肉の欲望とは死だからです。[・・]肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます」(ローマの信徒への手紙、第八章、第三〜十三節)
- 「キリスト教徒たちは、異教的なローマ人たちをして、純潔の称賛や、性生活を夫婦間のみに限定すること、堕胎を断罪し、「恋愛の情熱」をいましめ、異性愛と同性愛とを平行させることを非難する、そうした考え方へと押しやることができたが、その理由づけのひとつとして、あらたな急を要するものがつけ加えられていた。すなわち、この世の終末が純潔さを求めているのだ、と。聖パウロは、コリントの信徒への手紙で、こう警告している。「兄弟たち、私はこういいたい。定められた時は迫っています。いまからは、妻のある人はない人のように生きなさい」(一、第七章、第二十九節)。純潔さを主張する極端な者のなかには、オリゲネスのように、みずから去勢する者すらいくらかいた。「そしてまた、天の国のためにみずから結婚できないように去勢した者もいる」、とマタイはすでに指摘していた(マタイによる福音書、第十九章、第十二節)。」ル・ゴフ『愛と結婚とセクシュアリテ』147-148
アウグスティヌス
- 「愛は本質的に自己中心的であり、誤った対象、つまり現世に向けられると欲望 cupiditas となり、正しい対象、つまり霊的世界に向けられると caritas
(キリストの愛)となる」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』192
- 「より重要なことは、原罪を肉の罪と同一視するにいたらせる、ながきにわたる変化の動向である。創世記においては、原罪とは、知識への欲求をもち、神に従わなかったという点での、精神にかかわる罪である。福音書には、原罪についてのキリストの言明はまったくみられない。アレクサンドリアのクレメンス(150年ころ〜215年)が、原罪を性行為と結びつけて考えた最初の人なのである。[・・]しかし、情欲を媒介にして原罪とセクシュアリテとを決定的に結びつけたのは、アウグスティヌスである。」ル・ゴフ『愛と結婚とセクシュアリテ』154
- 聖ヒエロニムス『ヨウィニアヌスを駁す』
- 「結婚は地上を満たし、処女・童貞は天上を満たす」←「みずからの妻に過度に恋いこがれる夫は、姦通者に等しい」セクストス・エンピリクス
- アルルの司教セゼール(六世紀前半)
- 禁欲をまもらない夫婦がもつことになる子供は「レプラかてんかんにかかったり、あるいはおそらく悪魔にとりつかれたものにすらなるであろう。」「ようするに、レプラにかかっている者はすべて、ふつうは、決められた日と祭礼日には純潔をまもっている学識ある人びとからではなく、禁欲することを知らない粗野な者どもから、とりわけ生まれているのだ」
- ドイツのブルヒャルト『法令集』(十一世紀)
- 「おまえは自分の妻か別の女と、犬のようなやり方で後ろから結合しなかったか。もしそのようにしたのなら、おまえはパンと水だけの10日間の苦行をせねばならぬ。
おまえは自分の妻が月経のときに、妻と結びあわなかったか。もしそのようにしたのなら、おまえはパンと水だけの10日間の苦行をせねばならぬ。
もしおまえの妻が、出産後に血から清められる前に教会に足をふみいれたなら、おまえの妻は、まだ教会から遠ざかっていなければならなかったはずの日数だけ、苦行をすることになろう。そしてもし、その期間におまえがその妻と結びあったならば、おまえはもしそのようにしたのなら、おまえはパンと水だけの20日間の苦行をすることになろう。」『愛と結婚とセクシュアリテ』160
- ユーグ・ド・サン・ヴィクトール(十二世紀前半)
- 「両親の結合は肉欲[リビドー]なしにはなされないゆえに、子供の懐胎も罪なしにはなされない」
緊急避難としての結婚
- 生きるためには食べざるを得ないが快楽を目的とした行為[暴食 gluttony]は罪である。同様に、子孫を残すために性行為は必要だが、快楽を目的とした欲望[色欲
lust]は罪 となる。肉欲は魂が神の高みへ飛翔するのを妨げるからである。
- 「男は女に触れない方がよい。しかし姦淫をさけるために、男はめいめい自分の妻をもち、また女はめいめい自分の夫をもちなさい。夫は妻に、その務めを果たし、同様に妻も夫にその務めをはたしなさい。[・・]独身者とやもめにいいますが、みな私のようにひとりでいるのがよいでしょう。しかし、自分を抑制できなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚した方がましだからです。」(コリントの信徒への手紙、一、第七章)
- 聖パウロによる5つの大罪 (「コリント人への手紙」)
- 1)神に対する罪、
- 2)人の生命に対する罪、
- 3)肉体(神の精神が宿るところ)に対する罪
- 1)娼婦、
- 2)姦通、
- 3)molles、
- 4)男の同性愛
- 結婚=罪深い欲望(姦通)を避けるための防波堤→13世紀以後の防波堤論の根拠となる
- 4)物品に対する罪、
- 5)言葉による罪
テルトゥリアヌスによる5段階(3世紀はじめ):望ましい→望ましくない
- 生涯童貞
- 禁欲の結婚
- もっぱら子供を生むためだけの結婚における性交
- 快楽のためにする結婚の性交
- 再婚者の性交と婚外の性関係
結婚内での欲望の処理を姦通などを避ける防波堤として次第に認めるようになる。
婚姻内でセックスが許される条件:1)子供をつくるため、2)婚姻時の契約履行のため(相手が求めた場合?)、3)(13世紀以降)罪深い欲望を抑えるため(の防波堤として)→聖パウロ「コリント人への手紙」参照
キリスト教における新しい考え方(12世紀):
- 「愛とは、一方的に求めるものではなく、相互的なもので、自ら与えるものでもある。」「他の者のために自己を放棄した愛」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』
- サン・ヴィクトールのフーゴー「愛とは、自分のために他の者に向けられた、良き意志である」
- クレルボーのベルナルドゥス:「人間はまず自分自身を愛するが、次には自分のために神を愛し、さらに純粋な神の愛に到達すると、自分自身をも神によって愛することになる。」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』206
- 12世紀以後、結婚は多くの学者によって、聖なるものとして認められていった。
- クレルヴォのベルナルドスにおいては「肉における結合は神の愛のメタファーとして十全に承認されていた。」
人間としてのイエス、歴史的イエス:
- クレルボーのベルナルドゥス「私は彼(キリスト)がその口で接吻してくれるまで安らぐことがない。彼の足に接吻することが許されるなら感謝するだろう。手に接吻を許されるなら嬉しい。彼が私を好んでその口で接吻してくださるなら、私は感謝でいっぱいになるだろう。だが私も愛しているのだ」「おお激しく吹き荒れ、力強く燃え、すべてを燃やし尽くす愛よ。汝は秩序を倒壊させ、しきたりを無視し、節度を知らず、礼儀や理性、恥じらいや配慮、規範などを虜にしてしまう」
- ルペルト・フォン・ドイツ:(十字架上のイエスが目を向け、彼の挨拶に答えたのに対し)「私にはそれだけでは十分でなかった。私は手で触れ、抱き、接吻したかった。彼もそれを欲していることを感じた。私は彼を抱き締め、互いに接吻した。彼は躊躇がちに私の愛の行為を許したが、やがて口を開き、私はより深く接吻することができた」
- ディンツェルバッハー「人格の違いが意志の調和を破ることを怖れる必要はない。なぜなら愛とは崇拝ではないからである。聖書の中で神は愛であることを読んだ。しかし決して名誉でも尊厳でもないのである。」愛>名誉と尊厳(封建社会の価値)
キリスト教的結婚の成立:
- 「キリスト教的な結婚ということは、キリスト教そのものとおなじほど古くからあるわけではない。じっさいそれは、中世に考え出されたもので、教会で結婚式をあげることがふつうのやり方になったのは、13世紀のことにすぎないのである。一千年以上ものあいだ、大多数のキリスト教徒にとって、結婚が一夫一婦で解消不能なもの、両人の同意にもとづくべきものであることは、決して自明なことではなかった。」「(最初の10世紀間)だれにとっても、結婚とは民事的な契約であり、そのようなものとして、西洋にみられた多様な法的伝統に属しているものだ、とみなされた」ミッシェル・ソ『愛と結婚とセクシュアリテ』172-
- ローマ法:両者の合意、ゲルマン法:「真性の結婚」後見の引継、
- 「十一世紀まで、結婚の儀礼は大きくいってふたつある。そのひとつであるローマ式の儀礼はミサの最中に行われ、その基本は、一枚の布の下に夫婦両人を位置させて祝福することにあった。しばしば布は、妻の頭と夫の両肩にかけられるように張られたものだった。もうひとつのガリア式儀礼は、新婚の寝間夫婦両人を祝福するものだったが、そのまえに別の儀礼が家族によりとりおこなわれた。すなわち夫の約束、新妻の父から新夫への、新妻の引き渡し、そのお返しに新夫からの贈り物の引き渡し、ということである。九世紀からは司祭が立ち会うことになるが、それは、これらの儀礼がきちんとまもられているかを確認するためである。しかし、十一世紀末、まずアングロ=ノルマン系の諸国からはじまるのだが、これらの家族の儀礼は、それまでは家で執り行われていたのが教会の入り口へと移されることになる。そのあとローマ式のミサが行われることもあったし、行われない場合もあった。十一世紀までは、自由な合意であるかを確認し、祝福をほどこすだけであった司祭の役割は増加してゆき、十二世紀からは、妻の引き渡しにも介在するようになる。それまでは、手をまっすぐ伸ばして新妻といっしょになるように新夫にすすめ、そして新妻を引き渡す役割をはたしていたのは、その父親であったが、その後は司祭がその父親の役にとってかわることが、だんだん頻繁になってゆく。そしてついに十四世紀には、新郎新婦の手を結びあわせるとき、「あなたがたを結びつけるのは私です」、と司祭がいうまでに至るのである。」ミッシェル・ソ『愛と結婚とセクシュアリテ』181-2
夫婦での性欲の許容
- "Il faut attendre Thomas Sanchez, au tournant des XVie et XVIIe
siècles, pour entendre un autre discours et découvrir une autre
problématique. Les époux, dit-il, qui, sans intention particulière,
ne cherchent 'qu'à s'unir entre époux', ne commettent pas de
péché. A condition, bien sûr, qu'ils ne fassent rien pour
empêcher la procréation, qui reste la fin essentielle de l'acte
sexuel."103
- "A partir du XVie siècle,... les théologiens exhortent
les époux à ne pas craindre d'avoir trop d'enfants. Ainsi Bénédicti
au XVIe siècle, Fromageau au XVIIIe, et le pape Pie XI au XX. A la
fin de l'Antiquité et au début du Moyen Age, au contraire, on
les avait plutôt exhortés à cesser de s'unir charnellement
une fois leur descendance assurée. Les familles nombreuses n'ont pas
toujour été un idéal chrétien."103
『ローランの歌』における許嫁オードの扱い
「ローランは死に際して、かなりの間、自分の剣や戦友、王のことや財産のこと、自分の死後の霊について、思いを巡らしているのだが、許嫁のオードのことは全く思い出していないのである。しかしオードは、ローランが亡くなったと聞くとそのまま息絶えてしまった。まちろん、これは戦いの詩であり、ヴェヌスではなく、マルスに捧げられたものだから、女性の描き方に問題があるのは当然かも知れない。」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』
騎士の一生
「家は、子孫をつくる夫婦一組だけを守るために、もっぱら建てられているのだ。中央に寝室が位置し、寝台が置かれている。[・・]この寝室からは、もう一つの部屋が見渡せる。それは、この寝台から生まれた子供たちが、七歳になるまで皆一緒に育てられる部屋である。[・・]小さな子供としての年齢をすぎると、ふつう男の子は父親の家から離れる。男の子にとって父親の家は、通過点でしかないのであって、彼らの生は別の所でてんかいするのである。[・・]少年たちを修道生活にしむける場合には、肉欲の世界からは厳格に離別した、閉じられた集団へ。在俗の聖職者に仕向ける場合には開放的な集団で、この場合には明らかに、禁止にもかかわらず、性的な面で活発な集団であった。その他の男の子たちの教育は軍事教育であって、一般には別の城館、父親の主君の城館でおこなわれる。[・・]少年たちがやがて二十歳になると、主君は彼らを騎士に叙す。[・・]その後、彼らはどうするのか。[・・]もし父親が非常に年老いていて、巡礼に出ることを受け入れたり、修道院にこもることを認めた場合、[・・]要するに、寝室が、寝台が、自由になる状態である場合には、ふつうかなり以前に婚約を結んでいる長男が、結婚式をあげることになる。[・・]しかし年下の兄弟たちは「若人」「独身」であり続け、「諸家」の境界域で、争乱と混乱の空間のなかで、冒険にみちた放浪の生活を送り続ける。あの騎士道物語が称揚する、放浪と冒険。この放浪生活のなかでも極めつけの機会は、軍勢を集めての閲兵式と騎馬試合への参加である。その機会に、獲物と栄誉と快楽とが手にできる、と期待されたのである。家系の婚姻戦略ゆえに独身であらざるをえなかった、これらの男たちの性行動もまた、野放しで略奪的であった。[・・]しかしこれらの「若人」みなの頭には、一つの考えしかなかった。すなわち、だれか領主の妻を奪い取って寝台におさまり、権力の地位に、そして既婚の男にのみ許される自立にと、たどりつくこと。だからこそ、騎士道の行動モデルにおいて、すなわち「宮廷風みやびの愛」において、愛を誇示する儀礼が重視され、貴族のイデオロギーの核心で、誘惑という、誘拐の洗練された形式が称揚されることにもなる。(ただし)大部分の騎士は、独身のうちに死んだのである。」」G・デュビー『愛と結婚とセクシュアリテ』365-6
女性の理想化・男女の愛そのものの目的化
- 当時の詩人の証言
- ベルナール・ド・ヴァンタドゥール「愛なしにはどんな人も価値はない」
- アルノー・ド・マルウィユ「優れた婦人よ、あなたはすべての性質において完全であり、私が知っているどんな婦人より優れている」
- 「自分でも不思議だ この思いを 打ち明けずに生きながらえうるとは わがマドンナの姿が目にはいると美しい眼がまことに似つかわしいため そちらへ駆け出す衝動を抑えかねるほど 恐れさえなければそうしたろう かって見たためしがない 愛の業にふさわしく見事に 刻み描かれた女体の かくもためらい渋るのを」
- 新しい愛の条件
- 愛による人格的な向上、抑圧された愛(昇華)→「欲望の達成の無限の延期」
- 相手は自由に選ばれ、愛は相互的:「他の者に思いを向けることによって、純粋に私というものが意識されるようになる。また肉体の合一は、たいていのばあいは実現せず、宮廷風恋愛は抑制された愛となる。他者をセックスの対象とみなすことは、愛の高貴さを損なうものとみなされたのである。性の満足以上のものを求めているからである。」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』200
ギョーム・ダキテーヌ9世
「この勢力ある君主は教会と宗教に対して行った彼の不敬によって同時代の人々と一線を画している。また彼は、長い間女性に対して破廉恥な放蕩をひけらかせて喜んでいた。まず彼はフォントヴローが直々の女性のとりまき連中に与えた爆発的成功を詩歌のなかで嘲笑することから始めたが、その後は当時すでに近代主義の萌芽が見られる卓越した詩のなかで、世俗のあいだで起こる神秘主義の徴候を示している。それから愛の高揚のすばらしい兆し、そこでは女性は急に純化され、夫婦間では君主のごとくなる。ここで宮廷恋愛ははじめて確立されたのである。」リタ・ルジューヌ『中世を生きぬく女たち』p.198
宮廷風恋愛
- 宮廷風恋愛の形:女主人である夫のいる貴婦人に恋する騎士が、全身全霊をもってその女性に奉仕することにあり、接吻と裸身の抱擁は許されるが、最後の結合は許されない。
- 愛による人格の完成:愛の4つの段階:1)希望を与え、2)接吻を許し、3)抱擁を認め、4)完成された者にすべてを許す
- 2と4の間に視線の快楽[試練]がありうる(裸体を見ながら手をふれない[場合によっては足には触れる])
- 臣従儀礼の転用:Le "soupirant " qui aime en secret devient "suppliant"
une fois que la dame lui a adressé un regard. Celle-ci peut en
faire un amant "agréé", avant qu'il ne devienne
un amant "charnel" éventuellement. Quand la dame consent
à faire du suppliant son ami, une cérémonie intime
institutionnalise le fait. Mains jointes et à genoux, l'amoureux
se proclame l'homme lige de la dame c'est-à-dire, à l'instar
du système féodal, qu'il n'aura pas d'autre seigneur en
amour. Elle lui accorde alors un baiser qui scelle le serment. "Par
un doux baiser, elle me donne ce qui fait mon bonheur", écrit
Bernat Marti vers le milieu du XIIe siècle.", Jean Verdon,
Le plaisir au Moyen Age, p.21
- ヨアン・P・クリアーノ「宮廷風恋愛の最も衝撃的な面は、愛する側の苦悩への誘いである。愛の秘匿はエロティシズムの儀式の本質的な要素の一つである。このような、愛の対象からの自発的な撤退の過程、欲望の達成の無限の延期を生ずるこの撤退において、西欧の伝統の秘密の一つが見て取れるのである。」
- 愛を得るための5つの手段:容姿、高徳、雄弁、財産、欲望(最初の三つが必要条件)
- シンガーの説:「恋人の裸身に手で触れ、接吻をしながらも性交にはいたらない彼らの行動は、自己に制約を課すことによって肉欲を霊的な脈絡の中に置き換え、愛を理想化し、エネルギーを詩作に向けた「...」風景や自然に対する愛が歌われるのも、彼らの想像力の結果なのである。それは自分たちの愛を人間独自の世界の中で完成されるものとし、神の愛に連なるものと見なかった結果なのである。このように見てくるとトゥルバドゥールの恋愛が、西欧における個人の人格の成立と不可分の関係にあったということがうなずかれるであろう。」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』218
- G・デュビー「また貴婦人は楽しみにおいて中心になる駒でもある。チェスが大流行したのは、まさにこの十二世紀なのだが、そのチェスというゲームの中心の駒である。しかしなにより、宮廷風恋愛というもう一つ別のゲームの中心の駒なのだ。聖職者の側からの文化的指導にたいして抵抗する、騎士道イデオロギーの表現の一つである宮廷風恋愛は、十二世紀において、当代風を求める前衛にとって主要なゲームとなる。[・・]あらゆるゲームと同様に、これもまた、通常の諸関係を逆転させることによって、日常的状態から逃れるすべを与えようとするものだ。それは、この世の快楽に身をまかせるでない、という教会の勧告に敢然と刃向かう。家系が押しつける制約や、結婚についての道徳からくるタブーにも、敢然と刃向かう。ゲームの規則はこうである。「若人」すなわち独身の騎士が、「貴婦人」すなわちセニオール(領主)の妻を選び、報いのあることを期待しながら臣下の立ち居振る舞いを真似し、貴婦人に仕える。貴婦人は決して力づくで奪われてはならないし、夫から譲られてもならない。ゲームに必要なことは、彼女が少しずつ身をゆだねてくることだが、その好意の証は、姦通となれば極刑になるかもしれないということを鼻先であしらっているかにみえるだけに、すこぶる貴重なものとなるのである。称賛に取り囲まれ、切望の的となり、ゆっくりと思わせぶりに同意しながらも、決して完全には許さない、この女性の地位は、一見すると優位にあるようにみえる。しかし本当のところ、取り違えないことが肝心である。このゲームは、あくまで男たちのゲームなのだ。仕掛けているのは領主その人であり、彼は自分の妻を引き渡すふりをして、彼女を一種の疑似餌にしているのである。妻を賭けたこの競技は、彼が若者たちの集団の手綱をうまくとることを可能にしてくれるし、若者たちは彼の家の栄誉を称えてくれる。そしてまた、たしかに欲望がこの宮廷風恋愛をかきたてているものだとしても、それは男の欲望であり、それ以外ではない。宮廷風みやびの愛においては、結婚より以上に、貴族の女性はものとして対象化されているのである。」371-2
- 愛と結婚
- シャンパーニュ伯夫人の裁定「これは決して結婚そのものを否定したものではなく、恋は夫婦の間ではありえない、といっているのである。恋以外の愛情は夫婦の間でもありうることは認められている。アンドレアスの宮廷風恋愛は、そのさまざまな言い方にもかかわらず、結婚を模したものとなっており、男と女が、一定の道徳的な枠のなかで、あたかも夫婦であるかのように行動するのである。」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』222
-
夫婦愛(18世紀)
結婚自体は二人の個人の結びつきというよりは二つの家族の血統・財産の結びつきであったが、現実には夫婦愛はどの時代にもおそらくあったはずである。ただし、情熱としてではなく、静謐な、持続にたえうる感情として。しかし、フィリップ・アリエス(Ph.
Ariès,"L'amour dans le mariage", in Communications 35, pp116-122)によれば、そうした感情は語られることはなく、個々の例はあったにしろ、一般的なモデルにはなりえなかった。教会は秘蹟である結婚にエロチシズムを持ち込むことを禁じており、エロスは結婚外の男女関係で花開くことになる。宮廷風恋愛の誕生はそうした教会のイデオロギーと軌を一にするものであった。ところが18世紀に「夫婦愛
amour conjugal」が規範として確立される。しかも、以前から存在しながら語られなかった感情があらたに語られるようになったのではない。情熱恋愛(エロス)が結婚に接ぎ木されたのである。中世の教会は夫婦が愛人のように愛し合うことを禁じた。18世紀以後の西洋では、今度は逆に夫婦になっても愛人のように愛し合い続けなければならないという倫理規定が構築されたことになる。
「現代社会はもはや、欲望と愛の欠如した結婚、否、結婚状態の持続すら受け入れない。また逆に、結婚こそ愛の必然的帰結と固く信じるわれわれの間では、不義の愛から離婚へ、そして再婚へと通じる場合がますます多くなっている。」(ジャン・ルイ・フランドラン「性と歴史」新評論、102頁)。
ちなみに「恋愛結婚 mariage d'inclination」という表現がフランス・アカデミーの辞典に登場するのは革命暦6年(西暦1797/98)のことである(同上、109頁)
ロマンチシズム
- 「人間の自我はたえずその自己中心性を貫こうとする。しかし、自己中心性は他者との現実の関係の中で絶えず「挫折」する。ロマン的世界は、現実では生き延びることができないこの自己中心性の可能性を、幻想的に実現しようとする試みとして成立する。」竹田青嗣『恋愛論』作品社
- 「人は身体的な「快・不快」の原理で「世界」を味わうことはできない。「世界」を味わうためには、独自のエロス的原理、つまり、ロマンティシズムやセンチメンタリズム等々の情緒性が必要なのである。」竹田青嗣、同上(92頁)
結晶作用(スタンダール)
- 「この恐るべき情熱にあっては、想像された事物はつねに存在する。」
- 「恋人に会うごとに、あるがままの彼ではなく、自分でつくった甘い映像を楽しむでしょう。」
- 「恋をした瞬間から、最も賢明な男も対象をあるがままに見ない。自分の利点を過小に見積もり、愛するものの些細な好意を過大評価する。[・・]なにものももはや偶然に帰せられない。彼は確率の感情を失う。」(確率⇔必然性)
Femme fatale
- 「この女[クレオパトラ]、情欲盛んにしてしばしば淫売を行う。その美しさの故に、彼女との一夜を死をもて購う者多かりき」マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』268
- 「彼女の肉体を知ることはそれ自体、命を差し出してもよいひとつの目的である。クレオパトラは蟷螂のように、愛する牡を殺す。これらの要素は、やがて、われわれが論じている宿命の女というタイプが常にそなえる特徴となるだろう。こうした宿命の女の像に合わせて、情人は通例うら若い青年であり、受け身の姿勢を取る。彼は地位か精力で女に劣っており、女と男の関係は、蜘蛛や蟋蟀の雌と雄の関係に等しい。性的人肉嗜食は、女の専売特許である。」同上、270
- 「相手を引き寄せ、灼き尽くす炎の役割を果たすのは、19世紀前半は宿命の男(バイロン的主人公)であり、後半は宿命の女だということである。犠牲にされる蛾は、第一の場合は女、第二の場合は男である。これは単に慣習とか文学上の流行だけの問題ではない。文学は、たとえきわめて人工的な形態のものであっても、時代の世相をある程度は反映するものなのだから。19世紀の間に男女両性が描く放物線を辿ってみると興味深い。世紀末に顕著なアンドロギュヌス・タイプへの執着は、両性の機能役割と理想とのはなはだしい混乱を、明瞭に示している。はじめのうちサディズムの傾向があった男性は、世紀末になると、マゾヒズムに傾く。」同上、270
- 「バイロンの主人公が青ざめているように、典型的な宿命の女はつねに青白い顔をしている。」同上、293
- 「欲望の対象という役割を女の身体が独占し、あたかもその自然的属性であるかのような物語が定着して行くのは19世紀後半『パリ便り』がちょうど筆をおく後に始まる第二帝政期からにすぎない。[...]第二帝政はオートクチュールの成立期でもある。周知のようにオートクチュールというファッション産業は女性をターゲットとして成立し発展した。<モードの専制>はひとまず女をイメージの表層に閉じこめ、抑圧する装置として生成したのである。華麗な衣装が女性の身体を覆い、覆い隠すことによって「秘められた」身体の神秘を煽るーーこの近代の性の神秘神学こそロマンチック・ラヴ・イデオロギーにほかならないがーーこうして排他的に女をまなざしの対象とし<人形>化することによって生成発展したモード産業に、「宿命の女」という世紀末文学が呼応している。」山田登代子『メディア都市パリ』290-291
フロイス『日欧文化比較』
「ヨーロッパでは財産は夫婦のあいだで共有である。ところが日本では各人が自分の分を所有している。ときには妻が夫に高利で貸し付ける」「ヨーロッパでは妻を離別することは最大の不名誉である。日本では意のままにいつでも離別する。妻はそのことによって名誉を失わないし、また結婚もできる。日本ではしばしば妻が夫を離別する」「日本では娘たちは、両親に断りもしないで、一日でも数日でもひとりで好きなところへ出掛ける。日本の女性は夫に知らせず、好きなところに行く自由を持っている」「日本では、堕胎はきわめてふつうのことで、二十回も堕した女性がある。日本の女性は、赤子を育てていくことができないと、みんなのどの上に足を乗せて殺してしまう」「日本では比丘尼の僧院はほとんど淫売婦の町になる」
粋道と恋愛
- 「次に粋道と恋愛と相撞着すべき点は、粋の双愛的ならざる事なり。そもそも粋は迷はずして恋するを旨とする者なり、故に他を迷はすとも自らは迷はぬを法となすやに覚ゆ。もし自ら迷はば粋の価値既に一歩を退くやの感あり。迷へば癡なるべし、癡ならば如何にして粋を立抜く事を得べき。粋の智は迷によりてすでに失ひ去られ、不粋の恋愛に堕つるをこそ粋の落第と言はめ。」北村透谷『粋を論じて「伽羅枕」に及ぶ』柄谷『日本近代文学・・』106
- 「粋」は「趣味恋愛」(スタンダール)に近い。
- 「生まれのいい男は、恋愛のさまざまな場面に処すべき態度を前もって心得ている。」「情熱恋愛が我々にあらゆる利害を越えさせるのに反し、趣味恋愛はいつもそれと折れ合うことができる。この貧弱な恋愛から虚栄心を除くと、確かに、残るところはいくらもない。」
- 「媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。そうして「いき」のうちに見られる「なまめかしさ」「つやっぽさ」「色気」などは、すべてこの二元的可能性を基礎とする緊張に他ならない。いわゆる「上品」はこの二元性の欠乏を示している。そうしてこの二元的可能性は媚態の原本的存在規定であって、異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には媚態はおのずから消滅する。媚態は異性の征服を仮想的目的とし、目的の実現とともに消滅の運命をもったものである。」「媚態の要は、距離を出来うる限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである。可能性としての媚態は、実に動的可能性として可能である。」九鬼周造『「いき」の構造』、24-25
- 「「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強みをもった意識である。」「理想主義の生んだ「意気地」によって媚態が霊化されていることが「いき」の特色である。」24-25「媚態の二元的可能性を「意気地」によって限定することは、畢竟、自由の擁護を高唱するにほかならない。」27
- 「(「諦め」とは)運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心である。」「魂を打ち込んだ真心が幾度か無惨に裏切られ、悩みに悩みを嘗めて鍛えられた心がいつわりやすい目的に目をくれなくなるのである。異性に対する純朴な信頼を失ってさっぱりと諦むる心は決して無代価で生まれたものではない。」25「現実に対する独断的な執着を離れた瀟洒として未練のない恬淡無碍の心である。「野暮は揉まれて粋となる」というのはこの謂いにほかならない。」26
- 「「いき」は安価なる現実の提立を無視し、実生活に大胆なる括弧を施し、超然として中和の空気を吸いながら、無目的なまた無関心な自律的遊戯をしている。一言にしていえば、媚態のための媚態である。恋の真剣と妄執とは、その現実性とその非可能性によって「いき」の存在に悖る。「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。」28
自由恋愛
- 「明治の新政府は、開花政策のひとつとして、身分制の解体をおこなった。士農工商の区別をなくし、四民平等のたてまえをとったのである。 1871(明治四)年には、華族から平民にいたるまで通婚の自由を認めている。これ以後、日本人は身分による枠をこえて、誰とでも結婚できるようになった。
ここにいたり、結婚のありようにも。おおきな変化がおとずれる。ひとことでいえば、容姿のしめるウェイトが、かくだんにおおきくなってきた。家柄は、後景にしりぞきだしたのである。」井上章一『美人論』66
- 「身分や家柄などという旧弊な枠には、しばられない。ふたりの男女が、そういう束縛からはなれて愛しあう。それを、いっぱんに自由恋愛とよんでいる。
こういう恋愛は、しばしば近代的な愛のかたちとして、ことあげされることがある。身分秩序からの解放という近代の理念を、愛のなかに具体化しているというわけだ。[・・]だが、身分にこだわらない愛のその実態は、じっさいには面食いのことだったのではないか。
当時の上流社会では、男が一方的に女をえらんでいた。その上流の男が、下層の美人を好きになる。そして、彼女を妻にする。こういうケースは、たくさんあったろう。[・・]明治以降、美人の玉の輿は激増する」同上、68-69
伊藤整「近代日本における『愛』の虚偽」:他我のシンメトリーという(西洋的)虚構=主我的人間が信仰という媒介を用いて構築
- 日本語は、ある存在と別な存在との関係を論理的に説明するには大変不便な構造を持っている。[...」そして日本語は、第1人称の代名詞において驚くほど豊かなのだ。[...]これらは、それを使うとき直ちに、その人間の他者との関係を決定する。
- 他者との結びつきには我々を不安にするものが常にあるのだ。我々が他者との間に秩序を形成するとき、それは他者を同一の人と見るよりは、上下の関係において見る傾向を持っている。日本人にとっての夫婦の愛情は、赦し合いという実質を持つか又は真の執着そのものかである。
- 「仁」とか「慈悲」という考え方には、他者を自己のように愛するというよりは、他者を自己と全く同じには愛し得ないが故に、憐れみの気持ちをもって他者をいたわり、他者に対して本来自己が抱く冷酷さを緩和する、という傾向が漂っている。→仁・慈悲=憐憫(自己愛の緩和)>愛
- 我々には不可能なことから退いて自己を守るという謙譲や思いやりはあっても、他者を自己と同一視しようというような、あり得ないことへの努力の中には虚偽を見いだすのだ。
- もし、神とか仏という絶対者を想定して、現世のマイナスが来世において、または神の支配する理想社会において償われる、という確信を予定するのでなければ、我々は絶対に他者を自己と同様に愛することはできないし、また自己を殺してまで他者を憐れむこともできない。→他者愛=来栖への約束手形
- 夫婦の結びつきは現実には主我的人間の攻守同盟的結びつきに他ならない。
- (肉体のつながりがない場合よりも)もっと残酷で主我的な肉体の関係を含むとき、夫婦の間における愛はもっと困難になる。つまり信仰による祈り、懺悔などがない時に、夫婦の関係を「愛」という言葉で表現することには、大きな、根本的な虚偽が実在している。
男女の間の接触を理想的なものたらしめようとするとき、ヨーロッパ系の愛という言葉を使うのは、我々には躊躇われるのである。それは「惚れること」であり、「恋すること」、「慕うこと」である。しかし愛ではない。性というもっとも主我的なものをも、他者への愛というものに純化させようとする心的努力の習慣がないのだ。
- (西洋では)キリストの教える、相手を自己と同じように考えよ、という考え方が、男と女の関係の中に置き直されている。即ち結婚式で、汝等は愛し合え、と二人のものは言い渡される。即ち不可能の愛が、結婚の中にまで持ち込まれるのだ。男と女との執着を、宗教の中に設けられた愛という言葉で規定し、それと同質のものと見なそうとする傾向は、ヨーロッパ系文化の中の目立った特色である。
- 愛してなどいるのではなく、恋し、慕い、執着し、強制し、束縛し合い、やがて飽き、逃走しているだけなのである。
動物行動学的に(ヘレン・E・フィッシャー『愛はなぜ終わるのか:結婚・不倫・離婚の自然史』)
- アマゾンのジャングルでも、パリのサロンでも、あるいはニューギニアの高地でも、女性が男性を誘うときの表情の一連の動きは共通だった。
- 「まず、女性は求愛する男性にほほえみかけ、それからきゅっと眉をあげ、目を大きく見開いて相手を見つめる。つぎに視線を落とし、軽く首をかしげてよそを向く。両手で顔をおおってくすくすと神経質に笑うことも多い。」12
- 男性:「「胸をつきだす」のは大きく見せようという動物界に共通の基本的なボディ・メッセージだ。強い動物は身体を膨張させる。」
- ”結びつきの凝視”「視線は人間の求愛行動のなかで、もっとも強力な手段だろう。目は口ほどにものを言う。西欧文化では異性が視線を交わすことが許されていて、男女は異性として結びつく可能性がある相手を二秒から三秒、凝視する。その間、瞳孔はひろがっている。これは強い関心を示したしるしだ。それから、彼あるいは彼女は目を伏せて、視線をそらす。」14
- 視線、微笑み、軽い接触
- 求愛第1段階:関心を引く「わたしがここにいるよ、わたしは重要なんだよ、危害をくわえないよ」
- 求愛第2段階:認識
- 求愛第3段階:毛づくろい会話「何を言うかよりも、どんなふうに言うか」
- 第4段階:接触「ふつうは女性の方が先に相手の身体をごくさりげなく、しかし計算された仕草で軽くなでる場合が多い。」
- 第5段階:同調「二人は互いの目をみつめながら、完璧に一致したリズムで動き出す。」24→踊り「クマから甲虫類まで、求愛するカップルはリズミカルな儀式で愛情を伝え会う。」
- イニシアティブの移転:結局は男性が女性の誘いに応じる必要がある「ある時点で男性が合図を読みとって、そこからはリードしなくてはいけない」
- 「求愛行動で慎重なのは、クモも同じだ。たとえばドクグモのオスは、求愛と交尾のために、長くて暗い入り口を通ってメスの住処に入っていかなければならない。オスはゆっくりと近づいていく。性急な動きをしたら、メスに食われてしまう。」25
- 人間の脳:爬虫類の脳[本能]+大脳辺縁系[情動]+皮質[感覚、言語、統合]
- PEA(フェニルエチルアミン):興奮、歓喜、恍惚などの原因となる興奮性伝達物質
- リーボヴィッツ、クラインの実験: MAO抑制剤を投与されたロマンス中毒者は数週間で「相手を選ぶのに前よりも慎重になって、さらには恋人なしでも快適に暮らせるようにさえなった。」
- ただし、「PEAは高揚と不安を引き起こすだけで、そんな化学的状態になる経験はたくさんあり、恋の情熱はそのひとつでしかない。」
- 愛の不感症:下垂体不全
- ロマンティックな恋愛の期間:falling love→中立的な感情を抱く=18ヶ月〜3年
- 愛着の段階:エンドルフィン((心を落ち着かせ、苦痛をやわらげ、不安をしずめる)
- 愛の地図(ジョン・マネー):性的な高ぶりを感じさせ、ある特定の相手に恋するようにしむける脳の回路の鋳型(5〜8歳頃)