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年表1:日本の景観制度

年代 時代(背景) 景観への関心(視点) 景観制度の成立過程 運用状況
19世紀
明治(1868〜1912)
文明開化・富国強兵・殖産興業など、国家の近代化 近代化の美観論
・国家主導の市区改正として、帝都の威信を高めるうえで、パリのオスマン流の欧風美観が理想とされる。
   
 

 

 

 

建築条例の制定への動き(明治末期)
・市街地全域の建築物を集団的に統制するという考え方が生まれる。
東京市建築条例案作成
・「街上の体裁」の章で景観コントロール(建築物の高さ・色彩)などの規定が検討される
 
    風致・美観の認知
・都市の風景は保護の対象として認識される。
・地域固有の史跡や名勝の保全を目的とした愛郷運動が盛り上がりを見せる。
   

20世紀

       

1910
大正(1912〜1925)

第1次世界大戦(1914)による国際市場の拡大 都市美観に関する啓蒙運動(1910〜)
・「都市景観」の用語・概念が日本にもたらされる。
・「都市計画」の目的は「都市美」の創出であり、明治期とは大差なし。
広告物取締法(1911)
・都市部の風致・美観に焦点を当てた最初の制度
 
     

都市計画法・市街地建築物法の制定(1919)
美観の保全ではなく、積極的な創造を想定している。
・実際に運用されるまでには、制定後しばらく時間がかかった(風致地区・美観地区制度の創設)

 
      史跡名勝天然記念物法の制定(1919)・・・@
・歴史的環境の保全の根幹の制度
 
1920 関東大震災(1923) 震災復興に伴う新たな都市景観の創出
・政府主導の帝都復興に対して、民間から景観の保護、育成への考慮が叫ばれる。
都市美研究会の設立(1925
・関東大震災後の復興における都市美問題を研究
初の風致地区指定(1926):明治神宮周辺地区
・風致地区の概念、指定標準、運用方法等の枠組みが整う
     

都市美協会の設立(1926)
・「都市の風致及び美観の件」の提案(1927)

 
 
1930 満州事変(1931)
日華事変(1937)
軍需工業の拡充とそれに伴うインフレ

全国規模での展開
・全国規模で始めて都市美問題が集中的に議論され、都市美運動は東京を中心とした民間運動から全国規模の多元的な官民にわたる運動へと展開していった。
・都市美運動の主唱者により、地方都市の個性としての都市風景の育成、各地の歴史的町並みの価値、その保存運動が説かれるようになる。

市街地建築物法施行規則の改正(1939)
・美観審査委員会制度の創設

・京都府、東京府で風致地区指定(1930)
・以降、全国各都市で風致地区の指定進む。
・初の美観地区指定(1933)皇居周辺地区
・大阪府で美観地区指定(1934)
1940 第二次世界大戦(1939〜1945)

戦時中の都市美運動
都市美運動は広範な市民の支持を得ておらず、都市計画の目的は厚生、防空等の都市づくりとなった。

   
  戦後(1945〜)
・新興工業都市、軍関係都市の整備事業の優先、大規模な区画整理事業に着手

戦後の都市美運動
市街地一般に広く景観・風景に対する配慮が求められたが、戦後の開発圧力を前にして風景計画の限界が明らかになる。

  倉敷都市美協会設立(1949)
全国初の地域住民による町並み保存団体
1950     建築基準法(1950)
・景観地区の構想・都市計画法の改正は実現せず、都市計画j法の限界を放置したまま高度経済成長期を迎える。
「東京都美観地区条例(案)」検討のみ
1960

高度経済成長期
・宅地開発や道路整備による歴史的環境の破壊

東京オリンピック(1964)

歴史的環境・自然環境の保全
・高度経済成長による都市景観の開発行為に対し、市民が意義を唱え、全国各地で歴史的町並みにおける保存運動などがおこる。
都市計画法改正(1968) 「東京都美観建築条例(案)」検討のみ
・金沢市伝統環境保存条例の制定(1968)
・倉敷市伝統美観条例の制定(1968)
・初の景観条例「沿道修景美化条例」(宮城県、1969) 景観に関する法制度によらない条例で、歴史的環境以外の風景をあつかったもの。
1970 オイルショック(1973)
・大都市から地方への人口、都市機能の移動、その後バブル経済へ

都市美の新たな展開
・先進的な都市では、各都市の特性にあわせ、標語としての「都市美」を歴史的景観だけではなく、一般市街地の「景観」、さらに「都市デザイン」へと展開させていく。
・都市計画の主要な関心の範疇に風景計画が位置づけられる。

風致地区基準の明確化(1970:建設省通知)  
      重要伝統的建造物群保存地区制度の創設(1975)・・・A
・地区指定、保存計画作成は市町村が担う。各自治体の取り組みを法制度的に指示するもの。
 
1980  

「地方の時代」
・地方の特性を重視し、これを受け継いでいく、または地区環境(景観)整備に取り組むようになる。
都市景観形成への取り組みが強く意識される。

全国的な景観条例制定の動き
・都市計画制度とは別個に各自治体の自主条例である中軸として体系化された。

都市計画制度改正、地区計画制度の創設(1980)
・市町村による景観条例の計画・規制の実現

全国的に景観条例を制定する市町村が増加
・都市景観形成モデル事業(1983)
・都市景観モデル都市(1987)
・HOPE計画(1982)
地域の個性を活かした市町村や住民によるまちづくりを支援する国の補助事業

1990  

まちづくり条例の時代
・景観条例制定のブームというべき時期

・「都市景観」という言葉、景観の価値といった点について、社会的にも広く認知される。

  まちづくりを支援する国の補助事業の創設
・ 都市景観形成モデル都市(1987)
・ HOPE計画(1982))
・街並み環境整備事業(1993)
都道府県、市町村の景観条例と連携する仕組みが採用される。
   

住民の合意と補助制度
・市町村によるルール(内的な規制)が、住民の合意を前提とし、国の補助制度において積極的に評価される。
・ 景観を維持し、保全し、または創造するという観点では、まだ問題を残す。

   
2000 国立のマンション訴訟事件(2002) 景観を公共的なものとして意識   倉敷市建築基準法に基づく美観地区条例を制定(2000)