Research 2008






2008年度 修士論文


「日常生活空間における大切な場所の景観的特徴―山梨県南アルプス市白根地域を対象として―」(加藤友浩)


  景観法が全面施行され,住民が日常生活において大切にしているごく普通の景観への関心も高まっている.しかし,保全対象や規範風景として注目されている景観は,いまだに名勝や文化財級のものが主流で,身近な生活空間の中で住民が大切に思っている景観については,その価値が明確でないがゆえに見落とされがちである.本研究は,日常生活空間の中で住民個々人が思う“大切な場所”に着目して,その景観特徴を明らかにすることで,今後の景観計画への示唆を得ようとしたものである.
 地方都市近郊の果樹農村地域を対象地とし,住民を対象に調査票調査を行ない「大切な場所」に関して以下の知見を得ている.
 散歩・通勤などの日常的な動的行動の場であり,果樹農地の広がり・遠くの山・盆地の俯瞰などの遠景眺望が主目的となっている場所が多い.その場所は,つくられた場所あるいは住民にとって著名な場所である公園や社寺だけでなく,路傍の「無名な場所」が多くあげられた.
 景観は視点場と視対象の関係でありそれは地形によって制約されることから、「無名な場所」を「平坦地」,「微高地上」,「山腹」の地形に分類し,現地調査によって,これら地形パターンごとの景観的特徴の抽出を試みた.平坦地では「農地の中」が多くを占めていたが,それらに共通してみられる特徴は,“周りに人工構造物が見えず農地が広がっていて樹園に隠れながらも仰角5度で富士山を望む景観”であった.囲まれた農地の視距離は平均70m、最小40mであり,このような農地の一団の大きさはこの景観特徴を守るための農地保全の目安値になり得る.
 微高地や山腹では,大切な場所の理由として盆地の俯瞰景をあげたものが多かったが,その盆地の垂直見込角は約1度と極めて小さく,また山腹からの俯瞰景も中心俯角は5度と浅かった.
 従来言われている優れた景観の条件を満たさないような景観にも注目すべきことを本研究は示唆した.

「住宅建築外観に対する住民意識把握に関する研究-山梨県市川三郷町市川地区中央部の建築ガイドラインづくりに向けて」(溝渕浩平)


 伝建地区のような保存すべき建築外観が明確に意識されている地域に比べて、伝統的建築が消失し新旧建築物が混在した地域では望ましい建築外観のあり方が明確でない。このような地域では、複雑化した建築外観の実態調査を丁寧に行う事が重要であり、さらに建築外観に対してその地域に住まう居住者意識を踏まえながら、その地域に相応しい建築ガイドラインをつくることが求められる。
 本研究は、新旧建築物が混在し望ましい建築外観の方向が明確でない地域を対象として、建築ガイドライン策定に知見を与えるために、複雑化した建築外観の実態把握および、それに基づいた建築外観や建築構成要素に対する意識調査を行い、住民が考えるその地域に合った建築外観や建築構成要素を明確にする事を目的としたものである。
 意識調査の結果、以下の知見を得た。色彩は低明度暖色系の中〜高明度の評価が高く、建物プロポーションは1階と2階の比と屋根勾配が重要であり、この地域の伝統的形態に近い形が高評価だった。対象地域は密集市街地であるため総二階の建物が多いが、これに対する伝統的付属要素(庇や腰壁など)の付加は評価を高めた。属性による評価の差異が見られ、高年齢は付属要素を付加した建築外観を好む意識が強い。典型的建築様式に関する評価では、好まれる建築外観では伝統的建築外観とそれを引き継ぐ外観を好むが、住みたい建築外観では伝統的建築外観居住をやや躊躇して新しい建築外観を選ぶ傾向が伺えた。町並みに調和する建築外観と好きな建築外観の評価傾向には差はなく、伝統的建築外観は高評価で、洋風住宅は低評価とする傾向が見られた。しかし若い世代や女性ではその傾向が薄れた。伝統的建築物の保全やそれによる街並み景観形成に対しては肯定的であった。
 本研究は、失われてしまった伝統的建築外観の重要性、一方で若い世代の意識変化、一般論として伝統的建築に肯定的であるものの自身が住む場合には躊躇する傾向があることを指摘し、日本全国に多くみられる本研究が対象地とするような新旧建物が混在する地域において建築ガイドラインを検討するための知見を示した。