クローン技術とは

始めに
 1997年、生殖生物学上最大級のブレークスルーが成し遂げられた。成体の体細胞から作られたクローンヒツジドリーの誕生である1)。それまで誰もが不可能だと思っていたことであり、社会に与えたインパクトは大きかった。ところが400回以上もの核移植でたったの1頭しか生まれなかったこと、他のグループが1年たっても再現出来ず、作った本人たちも再現しようとせず、ドリーが本当に成体からのクローンなのか疑問視する者もでてきた2)。ヒツジという大きな動物で実験費用が膨大なものとなってしまうことや、妊娠期間の長さなどが実験を難しくしていたのだろう。だが実験動物として有名なマウスは、小型で扱いやすく、安く購入でき、妊娠期間が短く結果がすぐ出る、といった利点があるにも関わらず、クローンの実験はほとんど進んでいなかった。しかし翌1998年、マウス3)とウシ4)が相次いで体細胞クローンの作出に成功し、クローン動物が再現可能なこと、ヒツジ以外の動物でも可能なことが証明された。なかでもマウスでの成功は、ヒツジやウシを使っていては時間がかかりすぎて不可能な実験を可能にし、体細胞核の初期化や全能性の再獲得、刷り込み遺伝子の研究、細胞の発生・分化のメカニズムなど、今後の基礎生物学の研究に非常に大きな貢献を果たすことになるだろう。



核移植の歴史

 体細胞へ分化した細胞が、はたしてすべての遺伝情報を維持しているのかどうかは、19世紀からの興味のある話であった。1938年にSpemannが「核は発生の間に変化するのか」という疑問に答えるため、初めての核移植を行った5)。しかし当時のテクニックと胚に関する知識では実験を完成させることはできなかった。1952年にカエルを用いた実験で、Briggs and Kingは胞胚期の細胞をドナーとして、核移植によってオタマジャクシを作ることに成功した6)。そして1962年にGurdonは,さらに発生の進んだオタマジャクシの小腸細胞核をドナーとして核移植を行い、生殖能力のあるカエルを得ることに成功した7)。しかし1970年にGurdon and Laskeyは,成体カエルの皮膚細胞を培養後核移植して成体のカエルを作ることに成功したが、変態直後に死亡したと報告している8)。いまのところカエルをもちいた実験では、成体細胞をドナーとして繁殖能力のあるクローンを作ることには成功していない9)。
 最初の哺乳動物のクローンは、初期胚の割球をばらばらにして、それぞれを発生させることで作られた10,11)。しかしもとの胚のステージが進むに従って,単離した割球が個体へ発育する割合は急激に低下してしまう10,12,13)。これは、未受精卵や1細胞期の受精卵の細胞質を減少させると発生率が低下することから、割球の核が発生できなくなったためではなく、卵子の細胞質の量が減りすぎてしまったためだと考えられる14,15)。そのため、より発生の進んだ細胞からクローンを作るために核移植が行われるようになった(表1,2)。
 哺乳動物における核移植の最初の成功例は,1983年のMcGrath and Solterの報告とされている16)。彼らは前核期の卵子の核を別の除核した前核期の卵子へ移植して、最初の核移植による産子を得た。実はその2年前、IllmenseeとHoppeが胚盤胞の細胞の核を受精卵の核と置き換えることによって、ほ乳類最初のクローンに成功したと報告している17)。しかしその後の研究から、特にマウスの場合、受精卵をレシピエントとした核移植では、4細胞期以上へ発生した胚から産子を得ることはいまだに不可能であり18,19)、現在もIllmenseeらが本当に成功したのか論議が続いている20,21)。
 1986年になって、4-8細胞期の受精卵の割球を、除核した未受精卵へ移植することがヒツジで試みられ、ほ乳類で初めてとされる、核移植によるクローンが誕生した22)。未受精卵をレシピエントとして用いることが成功の鍵だったようである。同年マウスで、2細胞期の胚をレシピエントとする方法が報告され23)、その方法によって8細胞期の核からマウスのクローンに成功した19)。
 1989年にはブタの4細胞期胚24)、ヒツジの16細胞期胚及び胚盤胞期胚25)から、1990年にはウシ26)とウサギ27)の16細胞期以降の胚をドナーとしてクローンに成功した。1994年には、ウシの胚盤胞をさらに1ヶ月間培養して、増えた細胞からクローンウシを作ることに成功した28)。受精卵に比べ、培養によってドナー細胞を大量に増やせるようになったことは大きな進歩である。その後1996年にCampbellらは、胚盤胞からES様細胞株を樹立し、その細胞からクローンヒツジを作成した29)。そして1997年に、彼らは同じ手法を用いて、ついに成体の乳腺細胞からのクローンに成功した1)。それがクローンヒツジ、ドリーである。
 一方実験動物としてもっとも有用なマウスでは、なかなか先へ進めなかった。胚性ゲノムの活性化時期が早いことや30,31)、胚盤胞への発生が家畜のそれより早く、ドナー細胞とレシピエント卵子との細胞周期の同期化が困難であることなどが考えられていた。そこでドナー細胞の分裂周期などを厳密に調整した実験が行われるようになってきた。1993年に、分裂直後の初期8細胞期を除核未受精卵へ移植してクローンマウスに成功した32)。1996年には、分裂直前の4細胞期胚を除核未受精卵へ移植し、2回の連続核移植によって1卵生の6つ子が誕生した33)。連続核移植方法は、ドナー核の初期化と発生の促進にも適していると考えられている方法である。そして角田らは、2回の連続核移植を行うことによって、1997年に桑実胚期胚から34)、翌年、胚盤胞の細胞から産子の作出にも成功した35)。同じころハワイ大において、別の目的で開発させた方法を体細胞クローンに応用したところ、1997年10月3日、卵丘細胞からクローンマウス‘Cumulina’が誕生した3)。翌年には雄の尻尾の細胞からもクローンマウスが生まれている36)。これらの体細胞クローンマウスは正常な子孫を作ることができ、カエルでも不可能だった成体からの正常なクローンが、ついにほ乳類で成功したのである。




その他の核移植技術
 今日多くの研究所及び臨床で使われている精子や精子細胞の卵子への移植も核移植の一種である。小倉らは精子細胞を卵子へ電気融合させることによって、初めて精子になる前の段階の精子細胞でも核移植によって産子が得られることを証明した39)。その後この研究を発展させ、第2精母細胞40)、そして第1精母細胞41-43)の移植によっても産子を得ることに成功している。これらの技術は、体外受精とともに不妊の改善に用いられている44,45)。また、マウスの場合、凍結や凍結乾燥した精子の多くは死んでしまう。しかし精子の核移植を行うと、完全に死んでいる精子核でも産子へ発生できる46,47)。細胞をDNAとして考えた場合、その細胞の生死の判断基準は考え直す必要がある。
 一方、卵子が形成される過程で放出され捨てられる極体を用いた核移植も可能である48,49)。卵子は排卵直前に第1極体を放出し、次に受精後すぐに第2極体を放出する。これらの細胞は、DNAとして正常な核を持っていると考えられているが発生に関与することは絶対にない。我々はこれらの極体を卵子側の核と入れ替えることによって産子の作出に成功した。理論的には第1と第2極体を別の卵子へ核移植して、1つの卵子から4つの卵子を作ることも可能である48,49)。この技術には、レシピエントとなる卵子が必要であるが、絶滅に瀕した動物の救済や、着床前診断、排卵数の少なかった女性の卵子を増やすことなどに有効であろう。


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