高速・広帯域可視光変調素子とRGB光同時変調システムへの応用


 

はじめに

 

 弾性表面波(SAW)により光弾性効果を介してブラッグ回折光が得られるプロトン交換LiNbO3導波路型音響光学変調素子(AO ModulatorAOM)は,バルク型AOMと比較して広い光波長帯域を有します.この特徴を可視光に適用した広帯域可視光変調素子の検討を行っています.

 

これまでの研究では,光の三原色RedGreenBlueレーザー光を同一素子で変調可能な広帯域可視光変調素子を作製しましたが,Blueの回折効率が小さい,駆動SAWパワーが理論値よりも一桁大きいなどの問題点を明らかにしています.

 

そこで,これらの問題点を解決するため,導波路を深くした広帯域可視光変調素子を作製し,光変調特性を測定した結果を示します.また,この素子を用いた簡易なRGB光同時変調システムを提案します.

 

 なお本研究は,H20年度JSTシーズ発掘試験の受託研究課題として遂行されました.


 

素子の構成

 

素子の構成を以下の図に示します.基板は弾性表面波(レイリー波)の励振効率の大きな128°ニオブ酸リチウムLiNbO3基板を用いています.Port1は入力ポート,Port3Port4はそれぞれ回折光(変調光)出力ポート,非回折光出力ポートです.各ポートの導波路幅を3μm、または6μmとし,テーパ導波路により拡大した導波路をブラッグ角2θBで交差させ相互作用領域としています.また,ブラッグ判定指数Qを大きくするためSAW波長Λを16μmとしています.

 

光導波路は,SiO2薄膜マスクをリフトオフ法によりパターンニングした後,プロトン交換と,その後のアニーリング処理によって形成します.導波路の異常光屈折率変化Δneをこれまでの0.02としたままで,その深さを1.0μmから 3.5μmに増加させました.マルチモード伝搬となりますが,導波路外への漏れ光の防止を優先させました.なお,当研究室では,この導波路形成法において,プロトン交換とアニーリングの拡散係数を用いた設計により,屈折率変化Δne0.0050.09でいかなる深さの導波路も形成可能な作製技術をもっています.

 

 

AOM概観

 

図: 可視光レーザー用広帯域AOMの構成


光変調特性

 

   ×40対物レンズを用いてレーザー光を導波路端面へ結合させ,TMモード導波光を励振し,IDTに印加したRFバースト信号(245.5 MHz)の電圧を変化させ,フォトマルで変調光パワーを測定しました.

 

 下図に回折光パワーP3の光変調特性を示します.上図がこれまでに作製した深さ1.0mmの素子,下図が最新の深さ3.5mmの素子です.最新の素子のRedGreenBlueに対する最大回折効率P3maxは,それぞれ85%78%73%であり,これまでの素子におけるP3maxRed: 85%Green: 82%Blue: 47%)と比較すると,Blueの効率が大幅に改善された,非常に良好な特性を得ることができました.

 

G_1B_3_5

図: 広帯域AOMの光変調特性の測定結果(上:これまでに作製した深さ1.0mmの素子,下:最新の深さ3.5mmの素子)

 

 

この光変調特性より,最大変調効率P3maxを得る入力電圧が,これまでのものよりも半分程度に減少していることがわかります.下図にP3maxを得る駆動SAWパワーP100の実験値を示します.全ての波長でこれまでの素子よりも減少し,LgIDTの交差幅)=1 mmで理論値の約2(114180 mW)Lg=2 mmでは,理論値と同等(3264 mW)P100が得られており,十分に低い駆動パワーを実現できました.

 

P100

図: 広帯域AOMの最大回折効率を得る駆動SAWパワーの実験値と理論値

 

 

 また,電圧無印加時のPort1Port4の光挿入損失は,Redレーザー光で3.6 dBと測定され,これまでの13.4 dBから大幅に改善されています.回折ポートへの漏れに相当する,Port1Port3の光挿入損失との差(消光比)も,前報の3.5 dBから11.5 dBに大幅に改善されています.

 

さらに,出力光の近視野像の観測より,下図のような導波光の良好な閉じ込めも確認されています.ただし,実用デバイスとしては25dB以上の消光比が要求されるため,さらなる改良を検討しなければなりません.

 

図: 広帯域AOMRed, Green, Blueレーザー光に対する出力光の近視野像

 

以上のような特性改善は,導波路を深くすることによって,導波光が導波路中を適切に伝搬し,入力ポートから回折ポートへの導波光の漏れが減少したことに起因すると考えています.このように,RedGreenBlueレーザー光を同一素子,同一周波数,低駆動パワー,低挿入損失で変調可能な素子が得られました.


簡易なRGB光同時変調システムの提案

 

下図に提案するRGB光同時変調システムの構成を示します.RedGreenBlueレーザー光をWDM (Wavelength Division Multiplexing) カップラで合波し,素子に入力します.素子はRFバースト信号で駆動,SAWにより光強度変調されます.ここで,連続する3つのバースト信号による変調強度が,所望のRGB光強度比(IR:IG:IB)になるように,全ての波長の光を変調させます.この変調出力光を,フィルタタイプのWDMカップラでRedGreenBlue に分波し,各変調光の間隔に相当する遅延時間に設定したファイバ遅延線を通過させます.これらを合波させ,所望の色と輝度を有する光信号を生成します.色信号として用いない変調光はもう1台のAOMか光スイッチで除去します.

 

素子の応答時間は,SAWが相互作用領域(幅60 mm)を通過する時間(15 nsec)と,IDT対数分の伝搬時間の和に相当します.IDT 3対とすると,その和は27 nsec,遅延時間はtB=0tG=54 nsec(応答時間×2),tR=108 nsecとなり,162 nsecごとに光信号が得られます.例えば,網膜走査型ディスプレイ (RSD: Retinal Scanning Display) に適用し,50フレーム/秒の映像を得ようとすると,1フレームあたり約120,000=400×300)ピクセルの光信号の変調が可能です.

 

system.wmf

図: 提案するRGB光同時変調システム

 

 提案するシステムを以下のように実際に構築しました.まず,上述の最新AOMを可視光ファイバと接続した状態でモジュールに組み込みました.高速応答を実現させるために,IDTの対数をLg=2mmのものに対して20対を3対に減らした状態でモジュールに組み込みました.

 

モジュール.wmf

図: RGB-AOMをモジュールに組み込んだ状態の写真

 

 次に,WDMカップラ,ファイバ遅延線,コリメーターとAOMモジュールを接続し,システムを構築しました.

 

実システム.wmf

図: 実際に構築したRGB光同時変調システムの外観写真

合波部.wmf

図: RGBレーザー光がWDMカップラで合波される部分の写真

 

 RGBレーザー合波光をAOMで変調したときの時間応答波形を下図に示します.駆動バースト信号の幅は約100nsecです.設計値27nsecとほぼ等しい応答時間を観測しました.ファイバ遅延線による遅延時間も観測されたため,本システムを用いて所望の色信号生成が可能と考えています.

 

応答時間.wmf

図: RGBレーザー合波光をAOMで変調したときの時間応答波形

 


関連発表論文

 

1.      Surface-acoustic-wave-driven acoustooptic modulator with wide wavelength range for visible laser light, S. Kakio, S. Shinkai, H. Kawate, and Y. Nakagawa, Jpn. J. Appl. Phys., vol.48,  (2009) 採録決定

 

2.       “広帯域可視光変調素子を用いた簡易なRGB光同時変調システム,” 垣尾 省司,新海 進,中川 恭彦,日本音響学会2009年春期研究発表会講演論文集,1-2-7pp. 1173-11742009/03/17. [東京,東京工業大学]

 

3.          Surface-acoustic-wave-driven acoustooptic modulator with wide wavelength range for visible laser light, S. Kakio, S. Shinkai, H. Kawate, and Y. NakagawaProc. of The 29th Symposium on ULTRASONIC ELECTRONICS, 1P3-8, pp. 91-92, 2008/11/11. [Sendai City Silver Center, Sendai]

 

4.        Surface-acoustic-wave-driven acoustooptic modulator with wide wavelength range for visible laser light,S. Kakio, S. Shinkai, H. Kawate and Y. Nakagawa, OECC/ACOFT 2008, ThP-46, Technical Digest 2008/07/10 [Sydney Convention & Exhibition Centre, Sydney, Australia]

 

5.           “弾性表面波を用いた広帯域可視光変調素子”,垣尾 省司,新海 進,川手 寛之,中川 恭彦,日本音響学会2008年春季研究発表会,1-8-24, 2008/03/17.

 

6.        “弾性表面波を用いたRGB 光変調素子の光変調特性,”川手 寛之,垣尾 省司,中川 恭彦,原 武文,伊藤 弘昌(東北大・通研),小林 哲也,渡辺 正行(オプトクエスト),日本音響学会2006年秋期研究発表会講演論文集,1-9-142006/09/13


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