物語とは何か(4)
物語パターンの研究:幻想物語(2)吸血鬼物語

森田秀二
        

氈D吸血鬼の物語

 本稿では幻想物語の例として吸血鬼の登場する物語を分析する。物語分析に入る前に吸血鬼物語、さらに吸血鬼幻想が生まれるその文化史的背景についてふれてみたい。
 
 吸血鬼の物語は19世紀以来、詩、小説、演劇、映画など多様な芸術表現を通じて数多く生産されてきた。吸血鬼物語がなぜかくも多くの人に受け入れられ、作品が大量に生産されてきたのだろうか。それは一つの文脈としてはキリスト教の伝統に脈々と伝えられたきた善/悪、霊魂/肉体といった二元対立構造、今日ならば、エロス/タナトスといった精神分析的な二元論でもとらえ直しうる情緒的構造にうまく乗っているためだとまずは考えることができる。

 キリスト教では人間存在を霊魂と肉体に峻別し、後者なくしても前者がやっていけるという世界観(イデオロギー)を構築した。死とともに霊魂は肉体を離れるが、最後の審判をまって永遠の場(天国または地獄)を得ることになっていたわけである。一方、肉体、特に女性の肉体は悪の宿る部署として蔑視された。エロスとアガペの対比もそこから生まれる1 。また、原罪すらも人間存在の全的在りように関わるのではなく、特にアウグスティヌス以後は端的に性と結びつけられるようになった2 。キリスト教イデオロギーでは性を改題評価し、蔑視したために性の媒体としての人間の身体も貶められたのである。

 ところで、吸血鬼とはこの蔑まれた肉体への執念そのものだ。本来、死とともに霊魂を解き放ち、自らは消滅するはずの肉体が、死後も生前と同じように生き続け、彷徨える魂を宿し続けるというこの反キリスト教性こそ、吸血鬼が実はキリスト教の産物であることを物語っている。実際、古典的な吸血鬼のイメージはキリスト教文化圏にのみ存在しうる。周知のように不死の吸血鬼にどういうわけか十字架だけは致命的だ。それにニンニク、野バラに加え、聖体のパンが吸血鬼除けの役割を果たす。つまり、あらゆる点で吸血鬼とはキリスト教のネガなのだ。その意味で、吸血鬼がキリスト教が実に長いこと紡ぎ出し続けた反神(悪魔、魔女)のイメージのカタログ上に19世紀に新たに加えられたヴァリアントであることは間違いない。吸血鬼は悪魔に魂を売った代わりに永遠の生命を得た存在である。ただ、それはあくまでも地上的生命であり、天上での魂の救済は決して約束されていない。
 教会を中心とした権力装置としてのキリスト教が弱体化したとしても、それと同じように物語に媒介されるその善悪対立(神/vs/悪魔)イデオロギーまでが同じ程度に弱体化したわけでないことは現代でも「エクソシスト」「セブン」などの映画のヒットをみれば明らかであろう。少なくとも消費すべきイデオロギーとしては健在なのだ。

 もう一つの文脈は特に女吸血鬼に関わるものだ。
 吸血鬼の物語といえば、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897)をまず挙げなければならないが、女吸血鬼の物語はそれ以前にすでにいくつか書かれていた。エリザベス・グレイは1828年にロンドンの『カスケット』紙3に「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」4 を発表していた。フランスでは1838年にゴーティエの『死霊の恋』5 が出版され、イギリスでもブラム・ストーカーに先立ち、ル・ファーニュが1872年に本格的な吸血女物語『カーミラ』6 を書いている。
 女吸血鬼とは何か?それは肉体への執念としての吸血鬼(能動体)であると同時に男の眼差しに晒される女性のイメージ(受動体)でもある。性的な魅力で相手を引きつけておいて、その相手を破滅させる女性、「宿命の女」femme fatale と呼ばれる19世紀に生まれた女性像だ。魔女のサバトにはすでにそのイメージが垣間見られるが、そもそもイヴにそのようなイメージを与えようとした聖書解釈の歴史がある7。「宿命の女」とは負の刻印を与えられ続けてきた女性像の近代版ということになる。
 プルタルコス描くクレオパトラ8に「宿命の女」の原型がみてとれることはマリオ・プラーツが指摘しているが、それでは「宿命の女」とは何か。クレオパトラを例にプラーツは次のように定義している。

「彼女(クレオパトラ)の肉体を知ることはそれ自体、命を差し出してもよいひとつの目的である。クレオパトラは蟷螂のように、愛する牡を殺す。これらの要素は、やがて、われわれが論じている宿命の女というタイプが常にそなえる特徴となるだろう。こうした宿命の女の像に合わせて、情人は通例うら若い青年であり、受け身の姿勢を取る。彼は地位か精力で女に劣っており、女と男の関係は、蜘蛛や蟋蟀の雌と雄の関係に等しい。性的人肉嗜食は、女の専売特許である9 。」
 
 フランス文学史では「宿命の女」の典型として、アベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』(1731)、メリメの『カルメン』(1845)などを挙げるのがふつうだが、重要なテーマとなるのは19世紀後半、とくにゴーチエ(「死霊の恋」「イールのビーナス」)に負うところが大きい。女吸血鬼の登場した19世紀とはこの「宿命の女」femme fatale が文学的・文化的形象として開花した時代でもあった。「宿命の女」としての女吸血鬼については後で具体的作品を見ながら検討することになろう。

吸血鬼幻想

 吸血鬼物語のそもそものモデルとなる吸血鬼ははたして存在したのか?
 吸血鬼の先駆形としては、古代にまで遡る様々な民俗的イメージが数多くあるようだが10 、ここではそれらに具体的にはふれない。ただ、照明設備のない時代、真っ暗な夜が育む幻想(墓地に眠る死者がまるで生者のように起きて活動する文字通りの「生ける屍(mort-vivant)」11 、悪魔が死者の肉を貪り食らう、悪魔が魅力的な姿で人を心身ともに拐かす、など)、あるいは不安(生きたまま埋葬されるというポオおなじみの不安12 )、さらには願望(悪魔との契約により不死身となる)が吸血鬼の登場を準備していたことは間違いないだろう。育まれた幻想を今度は王権あるいは教会が制度化する。異端裁判所が魔女の存在を認定したように、教皇インノケンティウス8世が1484年に公布した「限りない愛情を持って要望する」の名で知られる教書により、「生ける屍(mort-vivant)」の存在も男夢魔(インクプス)・女夢魔(スクプス)の名の下に公のものとなる13
 
 吸血鬼(vampire)の語源について、種村季弘14 はスラブ語源説に言及し、uber(北方トルコ語)、 Vampir(セルビア語=「飛ばない人」)、upior(ポーランド語=「翼ある亡霊」)などの可能性を示唆しているが、ここでは語源よりも吸血鬼(vampire)という語の初出年代に注目したい。Sabine JARROT によれば、フランス語では1732年, ドイツ語ではvanpir という形で1725年に遡るという15 。つまり、皮肉にも啓蒙の世紀、18世紀初頭に西洋に姿をあらわした民俗的であると同時に近代的な観念だったということになる16

 ちなみに啓蒙の代表的なシンボルとも言えるディドロ、ダランベールの『百科全書』Encyclopédie(1765年版)では次のような定義が与えられていた。

「吸血鬼、男性名詞(迷信史):夜間に生者の血を吸い、その血を死体に与えるいわゆる悪魔。当の死体の口、鼻、耳からは血が流れ出す」17 拙訳

この定義は今日の我々が考える吸血鬼とは異なっている。この定義が問題にするのは死者そのものではなく、死者に生者の血(あるいは肉)を献ずる媒介的存在としての悪魔であり、悪魔自身が身体を有するかどうかも明確ではない。今日の vampire は自ら血を求め、それを自らの滋養とする自立した身体的存在である。しかし、ここで注目すべきなのは、「迷信史」(Hist. des superstit.)という項目分けや「いわゆる悪魔」(prétendus démons)という表現などに容易にみてとれるように、『百科全書』を執筆した啓蒙主義者たちがもはや吸血鬼の存在など信じていなかったという事実であろう。

 ヴォルテールは『哲学辞典』(1769)で吸血鬼信仰を皮肉たっぷりに揶揄している。

「ずっと以前からギリシア正教徒は、ギリシャで埋葬されたカトリック教徒の体が腐らないと思ってきた。(ギリシア正教からみれば)破門されているからだ。これは我々カトリックの考え方とちょうど逆である。我々は体が腐らないのは永遠の至福を得たからだと信じている。だから、ローマで100エキュ払って聖人免状を出させてはその人たちを聖人として崇拝する。
 
ギリシャ人はそうした死者は魔物だと信じ、bの発音方法によってブルコラカ、あるいはヴルコラカと呼んだ。使者たちは家々を訪れ、子供の血を吸ったり、親の夕食を食べたり、酒を飲んだり、家具をすべて壊したりする。捕まえて焼かないと正気に返らない。ただし、体を焼く前に心臓を取り出しておき、別に焼く必要がある18 。」拙訳

 異文化の習俗に対する文化人類学者を思わせる涼しげな眼差し、そして、それと相照らして自文化に皮肉な眼差しを向けては相対化する聡明な精神、啓蒙精神にとって吸血鬼はもはや迷信以外の何物でもない。以下の引用で、ヴォルテールの舌鋒はさらに冴え、吸血鬼が搾取者のメタファーとして実に使いかってのいいことを示している。

「死者たちがご馳走にありついたのはポーランド、ハンガリー、シロンスク、モラヴィア、オーストリア、ロレーヌであった。ロンドンやパリでは吸血鬼の話は聞かれなかった。もっとも、この両都市には投企屋、収税請負人、実業家たちがおり、真っ昼間から民衆の血を吸っていたのだ。彼らは腐敗してはいたが、死んではいなかった。これら真の吸血者たちの住処は墓地ではなく、快適な豪邸だった19 。」拙訳

 当然のことながら、パリ大司教宛の手紙で次のように述べる、かのルソーも吸血鬼を信じてはいない。

「この世に証明された話というものがあるとすれば、それは吸血鬼の話だろう。調書、名士、外科医、司祭、役人たちの証明書、すべてがそろっている。法的証拠としては非の打ち所がない。それでも、誰が吸血鬼を信じるだろうか。信じなければ、我々はみな地獄へ堕ちるのだろうか。リウィウスが(「ローマ建国史」で)語る奇跡がたとえ疑い深げなキケロ風の口吻で証明されようとも、私は作り話と考える。そう思うのは私だけではない。」20 拙訳

 ルソーの話にもあるように、特に18世紀前半には吸血鬼の報告が多かったようだ。とりわけ有名なのが、ルイ15世が調査を命じたというウィーンの農民アーノルド・パオレ(Arnold Paole)のケースである。これについては Le Glaneur という雑誌(1732年3月号)に Tournefort が詳細な報告を書いており、先のヴォルテールの情報はこれによっていると思われる。同報告ついてはバイロンも言及しているところをみるとかなり評判をとったのだろう21 。後にみるように吸血鬼物語の源流にバイロンが重要な役割を果たす以上、この報告が吸血鬼物語の誕生に間接的に関わっていることにもなる。
 ここではそうした報告の中から、Sabine JARROT の研究書からの孫引きで一つの例を訳出することにする。

「エスクラヴォニ地方グラディシュ区の校長がベルグラードの摂政府へ送った報告の中で次のように語っている。ラム区キソロヴァ村のピエール・プロゴジョヴィッツという男が死亡したが、彼の埋葬後10週間の間に1週間に一人ずつ計9名が亡くなった。年は様々だったが、みな病で倒れた24時間後には死んだ。死に際に、「プロゴジョヴィッツが夢枕に現れ、体を重ねて横になり、首を死ぬほどに締め付けた」と言うのだった。この吸血鬼の女房によれば、夫が死後姿を見せ、靴がほしいと言ったという。これが元で女房は村を去ることにした。この地方では吸血鬼の話が多いので、死者が吸血鬼かどうかを判断する基準を決めている。校長、(ギリシャ正教の)司祭、グラディシュの(カトリック)司祭ら立ち会いのもとで、ピエール・プロゴジョヴィッツの遺骸を調べたところ 、吸血鬼の特長をすべて持っていることがわかった。1.遺骸に通常の死体の臭いがない、2.肉が少し削げた鼻を除いて体全体が元のままであった、3.髪や髭が伸びはじめていた、4.古いツメが落ち、代わりに新しいツメが生えていた、5.元の皮膚は白くなり、はがれつつあったが、その下に新しい皮膚が生えてきていた、6.顔、手、足をはじめとする体全体が生きているのと同様に整っていた、7.口の中に新鮮でまだ固まっていない、おそらく人から吸ったものと思われる血が残っていた。以上から、吸血鬼に与えられる刑に処された。 心臓に杭を打ち込んだところ、血が心臓、口、耳から大量に噴き出した。最後に火刑に処され、灰燼となった。」モレリの『歴史事典』より22 (拙訳)

 ここに登場する吸血鬼は『百科全書』の定義とは異なり、自ら生者の血を求め、それを飲むと同時に相手を亡き者にするという点で今日の我々が考える吸血鬼とほぼ同じである。vampire という語にはこのように混乱があったようだが、後の吸血鬼物語の対象となるのはこの自立した吸血鬼だけであるといってもよいであろう。幽霊と異なり、吸血鬼の不気味さはまさに身体的な存在が生者に身体的に関わる点にこそあるのだ。

。.女吸血鬼の物語

 吸血鬼の物語はブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897)に始まるわけではない。一般には幻想文学史上有名なレマン湖畔での夜会が起源とされる。1816年5月、バイロンの別荘(Villa Diodati)で休暇を過ごしていた5人のメンバー(バイロン、クレア・クレアモント[バイロンの愛人]、ポリドーリ[バイロンの主治医]、シェリー、メアリ・ゴドウィン[シェリーの愛人、後の妻])が時間つぶしのため、順に恐怖話を書いて語り聞かせるというデカメロンばりのゲームを始める。メアリが語った人造人間の話は後に『フランケンシュタイン:現代のプロメテウス』(1818)として出版されるが、問題はバイロンのしたとされる吸血鬼の話である。これはごく短い断片が残っているだけだが、語り手の<私>が旅をいっしょにすることになる Augustus Darvell という名の不可思議な人物についての報告の体裁をとる23 。<私>にとって Darvell 氏は圧倒的に不透明な存在だが、観察を通して断片的な情報が少しずつ与えられてくる。病気の進行と思われる確実な脆弱化の一方で人とも思えない屈強さをもち、咳もしなければ、疲れ知らずでもある。そして、自分が死ぬという予言に続き、自分の死を誰にも告げるなという禁止命令。さらに毎月9日にあることをしてほしいという依頼。ミステリーの常套とも言うべき情報の断片的な提示をバイロンは巧みに演出する。だが、この断片ではDarvell 氏が吸血鬼になるところまではゆかずに中断している。バイロンのこの話にヒントを得て、はじめての吸血鬼物語を完結させたのは主治医のポリドーリであった。

 ポリドーリ『吸血鬼』についての詳細な分析はここでは行わないが、貴族階級に属する魅力的な男性という以後クリシェとなる吸血鬼の古典的イメージがこの作品の人物リヴェン候 Lord Ruthven の造形(バイロンをモデルにしたダンディズム)によること、また不可解な存在(吸血鬼)に注がれる透明な眼差し(物語の視点)がミステリーを少しずつ暴いていくという物語展開が以後の吸血鬼物語の基本型となることをとりあえずは指摘しておこう。19世紀に作られたこの新しい怪物のクリシェを20世紀の吸血鬼物語は様々な方法でうち破ろうとするだろう。吸血鬼も貴族から労働者、ロック歌手、果ては娼婦にまで身をやつし、また圧倒的に不透明であった吸血鬼が自らインタビューに答え、吸血鬼の実存的不安を語るようにもなろう。だが、それは古典的なクリシェへの挑戦であり、その意味でそれを前提としている。
 再び、19世紀前半に戻るならば、ポリドーリ『吸血鬼』によって幕が落とされた吸血鬼物語ブームはまずはフランスを席巻する。ベラールがすぐにリヴェン候ものの続編24 を書き、ノディエはポリドーリ『吸血鬼』を最初に舞台化する25

 それでは女吸血鬼はいつ現れるのだろうか?
 ピーター・ヘイニングによれば、エリザベス・グレイの「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」(1828)が最初の女吸血鬼ものということになる26。19世紀に隆盛した一群の三文雑誌類は安価で恐怖を手に入れることができることから penny dreadful と呼ばれるが、「骸骨伯爵」は『カスケット』紙 The Casket という penny dreadful に発表された文字通りの大衆文学である。
 悪魔との契約で夜間だけ骸骨姿に変わるという条件で不死を手に入れたアマチュア科学者ロドルフ伯は、墓場から死体を掘り起こし、これに生命を与えるという実験を行う。首尾よく復活した比類なき美女に伯は恋をし、二人は官能的なときを過ごすが、しかしながら伯の予想を裏切って彼女は実は吸血鬼となっていた。
 かのレマン湖畔の夜会が生んだ幻想物語の二大ジャンル、人造人間ものと吸血鬼ものをそれぞれの代表作『フランケンシュタイン』(1818)、「吸血鬼」(1819)の発表から10年足らずで合体してしまうというこの荒技。しかし、それは実は表面的なもので、吸血鬼が女性の体を借りることで一挙に官能的な存在となってしまう点にむしろ注目すべきである。

 この点で真に重要な作品はもちろんゴーチエの『死霊の恋』(あるいは『吸血女の恋』) である。

 バイロン-ポリドーリ流の男性吸血鬼の物語と異なり、「死霊の恋」はいわゆるミステリーではない。主人公の男は吸血女クラリモンドとの運命的な出会いの場面から、彼女の超自然性に気づいている。

「何という眼でしょう!キラリとひらめく一瞥で、男の運命を決めてしまうのです。人間の眼には絶対に見たことのない生命力、深さ、熱気、うるんだ輝きをたたえています。矢にも似た眼光がそこからほとばしり出て私の心臓に突き刺さるのがアリアリと見て取れました。その眼に燃える炎が天から来たか地獄から来たかは分かりませんが、きっとそのどちらかから来ていたにちがいありません。この女性は天使でなければ悪魔であり、おそらくはその両方でありましたろう。27

 注意しなければならないのは、クラリモンドの超自然性が男に働くその魔性にあるという点だ。すでに述べたように、性的な魅力で男を引きつけておいて、その男を破滅させる女は「宿命の女」femme fatale と呼ばれるが、クラリモンドが femme fatale であることは明らかだ。
 吸血女クラリモンドはしばしば死の状態にあるが、すでに彼女の虜になっている主人公の私がその死の唇にキッスをするや、「かすかな息が私の息に混じり合い、クラリモンドの口が私の押しつけた口に答え」ながら、「私あなたをあんまり待ちこがれていて死んでしまったの」と官能的につぶやく。死から生への移行が可能であり、愛人の血を啜ることにより生きながらえる点で正に吸血鬼なのだが、クラリモンドは官能的であると同時に可憐な吸血鬼でもある。愛人の健康を気遣いつつ遠慮がちにその血を啜る印象的な場面がある。

「ある朝、私は彼女のベッドのそばに腰掛けて、1分たりとも離れまいと小卓の上で朝食をしたためていました。果物を切る段になって、つい指にかなり深い切り傷をこしらえてしまいました。とたんに血が赤い筋になって流れ出し、その数滴がクラリモンドの上に飛び散ったのです。彼女の眼がランランと輝き、顔つきはそれまでみたこともない凶暴でたけだけしい歓喜の表情を帯びました。彼女は動物のような身軽さで、サルかネコのような身軽さでベッドから飛び降りて私の傷口に飛びつくと、何とも言えず恍惚とした様子で血をすすり始めたのです。[...]彼女は私が眠っているのをとくと確かめてから、私の腕をまくりあげ、頭から金のピンを抜きました。それから小声でこうつぶやき始めたのです。『一しずく、ちっちゃな赤い一しずくだけ、針の先にちょっぴり赤くつくくらい!あなたがまだ私を愛してくれている以上、私は死ぬわけにはいかないのよ。』28

 吸血鬼としての動物的本能、だが、それをクラリモンドは一人の恋する女として制御する。クラリモンドは正に愛すべき吸血鬼なのだ。 
 とはいえ、主人公ロミュアルドは聖職者である。吸血女との恋が二重に掟破りであることに変わりはない。昼は聖職者の仕事を続け、夜はクラリモンドと奔放な時間を過ごすという矛盾した二重生活を維持するためにロミュアルドは自己欺瞞という策略をとる。彼は夜昼どちらが夢でどちらが現なのか判断できない、という。だが、実はロミュアルドは判断を保留したいにすぎない、恐らくは永久に。
 ところで、吸血鬼物語である以上、女吸血鬼にもやはり最終的な死が訪れる。それは主人公の恩師であり、文字通りのエクソシストであるセラピオンがクラリモンドの墓を暴いたときにやってくる。

「『ああ!ここにいたな、妖怪め、みだらな娼婦、血と金の吸い取り女め!』それから死骸と棺に聖水をふりかけ、さらに棺の上に灌水器の水で十字の形を描きました。お清めの水滴がふりかかったとたんにクラリモンドの美しい身体は哀れにも粉々に砕けました。それはもはや灰と半ば黒こげになった骨との身の毛もよだつほど醜怪な寄せ集めでしかありませんでした。29

 この最期の場面も恐らくは吸血鬼物語以前の民俗に起源をもつおなじみのものだ。その結果に対して主人公ロミュアルドはどう反応するだろうか。通常、吸血鬼の物語は邪悪な超自然的力からの解放の物語である。ところが、『死霊の恋』の主人公は吸血女の死後も未練を断ち切ることができない。

「私は何度彼女を恋しがったか知れませんし、いまでも恋しく思っています。魂の平安を得るのに何と高価な犠牲を払ったことでしょう。神の愛も彼女の愛に取って代わるほど大きくはありませんでした。30

 神と女、魂と肉体、これは善と悪の対立であり、どちらを選ぶかはキリスト教の伝統では明らかなはずであったし、吸血鬼物語もこの枠内に留まるはずのものであった。少なくとも吸血鬼が男である限りは。ところが、吸血鬼が女になると、男はその魅力に抗えないだけでなく、進んでその魅力のとりこになろうとさえする。ロミュアルドの自己欺瞞の原動力は実は宿命(の女)に対する男のマゾシズム(受動性)であった。

 マリオ・プラーツは19世紀半ばに男女両性の表象的機能に文学的・文化的に大きな変化があったとする。

「相手を引き寄せ、灼き尽くす炎の役割を果たすのは、19世紀前半は宿命の男(バイロン的主人公)であり、後半は宿命の女だということである。犠牲にされる蛾は、第一の場合は女、第二の場合は男である。これは単に慣習とか文学上の流行だけの問題ではない。文学は、たとえきわめて人工的な形態のものであっても、時代の世相をある程度は反映するものなのだから。19世紀の間に男女両性が描く放物線を辿ってみると興味深い。世紀末に顕著なアンドロギュヌス・タイプへの執着は、両性の機能役割と理想とのはなはだしい混乱を、明瞭に示している。はじめのうちサディズムの傾向があった男性は、世紀末になると、マゾヒズムに傾く。31

 だが、こと吸血鬼物語の世界に関して言えば、宿命の男、つまりバイロン=ポリドーリの吸血鬼(1819)とゴーティエの吸血女(1836)に見られる宿命の女の登場とを隔てるのは19世紀前半のわずか十数年にすぎない。以後、世紀を通じて両性の吸血鬼が共存することになる。演劇でノディエやデュマがポリドーリものを翻案する一方で、ボードレールは女吸血鬼を謳うことになろう。「吸血鬼の変身」32 では美から醜への残酷な変化を物語風に、「吸血鬼」では愛人 Jeanne Duval との愛憎模様を描くためのメタファーとして。
 
 20世紀がガンの世紀であるように、19世紀は結核の世紀であったと言われる。スーザン・ソンタグは病気がしばしばそれ自体としてとらえられる代わりに、倫理的なメタファーとして用いられるとして、19世紀が結核に与えたメタファーを病める自我の病気であるとした33
 一方、結核に病む身体は美の基準ともなりうる。これは日本の例だが、明治時代、ある呉服店広告の美人画をみて当時の衛生官僚が「結核好」と酷評したらしい。この表現に一般の美の好みと衛生学の対立をみながら、井上章一は谷崎の以下の文章を引用して当時の大衆の美的基準にふれている。

「間室の妹と云うのは...美人だそうだぜ。肺病なんぞになる女は、大概昔から美人に極まって居るもんだから、見ないでも様子は判って居るさ。」34

 19世紀のヨーロッパにあっても、ある種病的な体躯に美を見いだす傾向は明らかにあったと思われる。スーザン・ソンタグは結核が「消耗(consumption)」という観念に結びついているとしながら、次のように述べる。

「腹一杯食べるのは不作法なこととなった。病弱に見えるのが魅力的であった。『ショパンは健康が粋(シック)ではない時代に結核であった』と1913年にカミーユ・サン・サーンスが書いている。35 」拙訳

19世紀においては健康体ではなく、結核病みこそが粋であり、ある種の美的基準にかなっていたのだ。当然、宿命の男も宿命の女も青ざめている。

「バイロンの主人公が青ざめているように、典型的な宿命の女はつねに青白い顔をしている。36

スーザン・ソンタグは結核のメタファー分析の中で次のようにも書いている。

「結核は分解、熱化、非物質化である。それは液体の病なのだ。身体は痰、粘液、唾液、そして最後には血液に変わる。37 」拙訳

 病いが自我を次第に蝕む存在、やがて瓦解することになる青ざめた病的な身体、そして最後には血液しか残らない希薄な存在、これは吸血鬼そのものではないか。吸血鬼こそは、結核の世紀19世紀をその精神、身体両方で表象する特権的な造形といえよう38

「.ハーンと女吸血鬼

 ゴーチエの「死霊の恋」 を「フランス・ロマン派小説最大の傑作」と見なしたのは他ならぬラフカディオ・ハーンその人である39 。この作品をはじめて英訳したのがそもそもハーンであり、芥川がゴーチエを知るところとなるのはハーンの英訳によってなのだ。そのハーンの作品に「忠五郎のはなし」という作品がある。それは逢い引きを重ねるうちに顔色が悪くなり、衰弱しはじめた忠五郎という足軽が仲間にある秘密を告白する枠物語(話の中の話)として始まる。

 打ち明け話は、高貴な感じの魅惑的な笑顔の美人との川岸での出会いに始まり、川淵への魔力による誘い(「この女の手にふれると、わたしは、子供よりもふがいなくなってしまいました」)、竜宮城を思わせる異界への到着(「ふと浦島の話を思い出しました。そして、ことによったら、この女は天女なのかもしれないと思いましたが〜」)、そして婚礼へと続く。こうして奇妙な夫婦生活が始まるのだが、妻は夫に二つの条件を付ける。一つは二人のことを決して他言してはならないこと、もう一つは明け方前には武家屋敷に戻り、今まで通りの生活を続けること。秘密を守るという条件は「雪女」のタブーと同じだが、物語の主人公はむしろ浦島のタブーを連想する。二重生活という条件の方は、昼は聖職者、夜は遊蕩者を演じた「死霊の恋」を思わせずにはいない。

 ここで枠物語は終わり、忠五郎は今度は語られる対象と化す。タブーを破ったために川岸の妻と会うことができなくなった忠五郎は病に倒れ、診察した漢方医は忠五郎が死病に冒されていることを告げる。忠五郎にはまるで血がないのだ。 同僚に一部始終を聞いた医者はすぐに犯人を知る。 狐女でも、蛇姫でも、竜女でもないその犯人とは「むかしから、よくこの川に出るやつで、若い男の血が好きでね」「ただの蟇(ガマ)です。大きな、ぶざまな蟇ですよ」。

 この物語の近代性はどこからくるのだろうか。出会いの細かい描写だろうか。主人公を見つめる視点の移動(客観→主観→客観)、あるいは他の物語(浦島太郎)への言及(間テキスト性)だろうか。ハーンが19世紀西洋文学の技術に習熟していたことは周知のことであるから、こうした基本的エクリチュールが「忠五郎のはなし」を近代的な物語にしていることは確かだろう。でも、最も近代を感じさせるのは他ならない蟇女の妖艶な形象に他ならない。

「『ここがわたくしの家でございます。ここでいっしょに暮らしたら、幸せになれると、お考えになりません?』女はこう尋ねながら、にっこり笑いましたが、そのほほえみは、世の中の何物よりも美しいと思いました。そこで、わたしも「そのとおり...」と、心から答えたのでした。40

 日本女性の魅惑的な笑顔はハーンを感歎させた日本の文化特長の一つである。しかし、ここでの蟇女のほほえみはメデューサの眼差しと同様に、まさに魔力として働いている。性的な魅力で相手を引きつけ、その相手を骨抜きにする妖婦の文学上のイメージが、クレオパトラをその原型としながら生まれるのがヨーロッパ19世紀であることはすでにふれた。この「宿命の女」(femme fatale)を担う最も典型的な造形が吸血女に他ならないことも。つまり、この蟇女に見るべきは、19世紀のロマン主義を血肉とした西洋人ハーンが、極東の民俗的イメージに西洋の吸血女(宿命の女)を接ぎ木した姿なのである41

1 「(偽ディオニシウスによれば)愛は本質的に自己中心的であり、誤った対象、つまり現世に向けられると欲望 cupiditas となり、正しい対象、つまり霊的世界に向けられると caritas (キリストの愛)となる」阿部謹也『西洋中世の愛と人格』朝日新聞社、p.192

2 「より重要なことは、原罪を肉の罪と同一視するにいたらせる、ながきにわたる変化の動向である。創世記においては、原罪とは、知識への欲求をもち、神に従わなかったという点での、精神にかかわる罪である。福音書には、原罪についてのキリストの言明はまったくみられない。アレクサンドリアのクレメンス(150年ころ〜215年)が、原罪を性行為と結びつけて考えた最初の人なのである。[・・]しかし、情欲を媒介にして原罪とセクシュアリテとを決定的に結びつけたのは、アウグスティヌスである。」ル・ゴフ「快楽の拒否」(『愛と結婚とセクシュアリテ』新曜社、所収、p.154)

3 19世紀のロンドンでは、一部1ペニーで手にはいることから Penny Dreadful と呼ばれるこの手の低級な雑誌が隆盛した。Casket もその一種である。

4 Elisabeth Caroline Grey, The Skeleton Count or the Vampire Mistress, 1828。ピーター・ヘイニング編『ヴァンパイア・コレクション』角川文庫 所収

5 GAUTIER, Théophile, "La Morte amoureuse" dans L'oeuvre fantastique I-Nouvelles, Classique Garnier, 1992(邦訳は『吸血女の恋』教養文庫、小柳保義訳)

6 Sheridan Le Fanu, Carmilla, 1872(邦訳は『吸血鬼カーミラ』創元推理文庫、平井呈一訳

7 池上俊一『魔女と聖女』講談社新書

8 「この女、情欲盛んにしてしばしば淫売を行う。その美しさの故に、彼女との一夜を死をもて購う者多かりき」マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』国書刊行会、p.268による。

9 マリオ・プラーツ、前掲書、p.270

10 フランス語では、lamie, strige, empuse, omosceles, succube, Goule, vroucolacas などの名前をもつ(ウェブサイト Vampires - De masticatione Mortuorum[http://www.heresie.com/biblio.htm] 及び Oeuvres complètes de Voltaire[http://www.voltaire-integral.com/index.html]よる)

11 ハロウィーンの起源であるケルトのサマイン祭にこの信仰が読みとれる。また、ギリシャではこのような半生半死者のことを vrykolakas と呼んでいたという(ウェブサイト La représentation des âmes errantes en "vampire" [http://www.philophil.com/philosophie/representation/Analyse/vampire.htm)]による)

12 生きたまま埋葬される話は「ベレニス」(1835)、「早まった埋葬」(1844)で描かれている。David Galloway によれば、ポオの時代には誰もがもつ不安であり、棺内に備え付ける安全装置もあったらしい。"...the fear of being buried alive was commonplace in his time; charnel houses were equipped with alarm systems so that the 'dead' could signal for help, and luxury coffins were fitted with ventilators and speaking tubes." Introduction in Edgar Allan Poe, Comedies and Satires, Penguin Classics, 1987

13 北ドイツの二人の異端審問官ハインリヒ・クレーマーとヤーコプ・シュプレンガーに権限を与えることを目的とした本教書は次のように始まる。「最近、次のようなことをよく耳にする。深い苦悩をもたらさずにはすまないことだが、北ドイツの諸地方[...]のいたるところで、男女を問わず多くの人々が、自らの霊の救済を忘れ、カトリックの信仰から逸脱し、男夢魔(インクプス)・女夢魔(スクプス)に身をまかせてしまった。」(ジャン-ミッシェル・サルマン『魔女狩り』創元社、p.36) 権限を与えられた二人は2年後、以後異端審問官の基本文献となる悪魔学の書『魔女の槌』を出版し、これが印刷術のおかげを被り空前のベストセラーとなる。

14 「吸血鬼の系譜学」『吸血鬼幻想』河出文庫、所収

15 Sabine JARROT, Le vampire dans la litterature du XIX au XX siecle, L'Harmattan, 1999, p.37

16 ラテンアメリカに生息し、家畜の血を吸う蝙蝠にビュフォンが「吸血鬼(Vampire)」という名を与えたのは1761年のことであった。

17 "Vampire, s.m. (Hist. des superstit.) C'est le nom qu'on a donné à des prétendus démons qui tirent pendant la nuit le sang des corps vivans, et le portent dans ces cadavres dont l'on voit sortir le sang par la bouche, le nez et les oreilles.", cité par S. JARROT, Ibid, p.39.

18 "Depuis longtemps les chrétiens du rite grec s’imaginent que les corps des chrétiens du rite latin, enterrés en Grèce, ne pourrissent point, parce qu’ils sont excommuniés. C’est précisément le contraire de nous autres chrétiens du rite latin. Nous croyons que les corps qui ne se corrompent point sont marqués du sceau de la béatitude éternelle. Et dès qu’on a payé cent mille écus à Rome pour leur faire donner un brevet de saints, nous les adorons de l’adoration de dulie. Les Grecs sont persuadés que ces morts sont sorciers; ils les appellent broucolacas ou vroucolacas, selon qu’ils prononcent la seconde lettre de l’alphabet. Ces morts grecs vont dans les maisons sucer le sang des petits enfants, manger le souper des pères et mères, boire leur vin, et casser tous les meubles. On ne peut les mettre à la raison qu’en les brûlant, quand on les attrape. Mais il faut avoir la précaution de ne les mettre au feu qu’après leur avoir arraché le coeur, que l’on brûle à part." Oeuvres complètes de Voltaire[http://www.voltaire-integral.com/index.html]

19 "C’était en Pologne, en Hongrie, en Silésie, en Moravie, en Autriche, en Lorraine, que les morts faisaient cette bonne chère. On n’entendait point parler de vampires à Londres, ni même à Paris. J’avoue que dans ces deux villes il y eut des agioteurs, des traitants, des gens d’affaires, qui sucèrent en plein jour le sang du peuple; mais ils n’étaient point morts, quoique corrompus. Ces suceurs véritables ne demeuraient pas dans des cimetières, mais dans des palais fort agréables.", Ibid.

20 "S'il y a dans le monde une histoire attestée, c'est celle des vampires ; rien n'y manque, procès verbaux, certificats de notables, de chirurgiens, de curés, de magistrats ; la preuve juridique est des plus complètes. Avec cela, qui est-ce qui croit aux vampires ? Serons-nous tous damnés pour n'y avoir pas cru ? Quelque attestés que soient, au gré même de l'incrédule Cicéron, plusieurs des prodiges rapportés par Tite-Live, je les regarde comme autant de fables, et sûrement je ne suis pas le seul" cité par JARROT, Ibid. p.65

21 ウェブサイト La représentation des âmes errantes en "vampire" [http://www.philophil.com/philosophie/representation/Analyse/vampire.htm)]参照。ギリシャ語 Vroucolachas について、バイロンもヴォルテールと同じ関心を示しているところがおもしろい。Byron : "The Vampire superstition is still general in the Levant. Honest Tournefort tells a long story about these 'Vroucolachas', as he calls them. The Romaic term is 'Vardoulacha'. I recollect a whole family being terrified by the scream of a child, which they imagined must proceed from such a visitation. The Greeks never mention the word without horror. I find that 'Broucolokas' is an old legitimate Hellenic appellation ~ the moderns, however, use the word I mention. The stories told in Hungary and Greece of these foul feeders are singular, and some of them most incredibly attested." ウェブサイト The Byronic Vampyre(http://www.saq.co.uk/users/kuranda/vampyre.htm)からの引用。

22 Dictionnaire historique du Moreri (1759), cité par JARROT, Ibid. p.44-45

23 バイロン「小説の断章」(GEORGE GORDON, LORD BYRON, A fragment of a novel, 1816):電子テキストはウェブサイト The Byronic Vampyre(http://www.saq.co.uk/users/kuranda/fragment.htm)、または The Lord Ruthven Pages (http://gothic.vei.net/lordruthven/fragment.htm)。
○ポリドーリ『吸血鬼』(John William Polidori, The Vampyre; a tale, 1819 ):電子テキストはウェブサイト Literature of the Fantastic (http://www.sff.net/people/DoyleMacdonald/l_vampyr.htm)、または The Lord Ruthven Pages (http://gothic.vei.net/lordruthven/vampyre1.htm)。

24 Cyprien Berard, Lord Ruthven ou les Vampires, 1820

25 Charles Nodier, Le Vampire, 1820。後にはデュマ(Alexandre Dumas)による舞台化もあり、1850-51年にパリで上演される。

26 ピーター・ヘイニング編『ヴァンパイア・コレクション』角川文庫、所収(Elisabeth Caroline Grey, The Skeleton Count or the Vampire Mistress, 1828)

27 ゴーティエ『吸血女の恋』教養文庫、p.13(小柳保義訳):原文 "Quels yeux ! avec un éclair ils decidaient de la destinée d’un homme, ils avaient une vie, une limpidité, une ardeur, une humidité brillante que je n’ai jamais vu à un œil humain ; il s’en échappait des rayons pareils à des flèches et que je voyais distinctement aboutir à mon cœur. Je ne sais si cette femme qui les illuminait venait du ciel ou de l’enfer, mais à coup sûr elle venait de l’un ou de l’autre. Cette femme était un ange ou un démon, peut-être les deux. " GAUTIER, Théophile, La Morte amoureuse, 1836, in L'oeuvre fantastique I-Nouvelles, Classiques Garnier, 1992. souligné par nous.

28 ゴーチエ、前掲書、pp.51-54

29 前掲書、p.58

30 前掲書、p.52:原文 "…je l'ai regrettée plus d'une fois et je la regrette encore. La paix de mon âme a été bien chèrement achetée ; l'amour de Dieu n'était pas de trop pour remplacer le sien.", Ibid. p.102

31 マリオ・プラーツ、前掲書、p.270

32 「吸血鬼の変身」(BAUDELAIRE, Charles, "Les méamorphoses du vampire", in Les Fleurs du Mal, 1857):官能的な女性とひとときを過ごした<私>が彼女の方を見るとそこには膿が流れる肉片と骸骨しか残っていなかった、という内容。

33 Susan Sontag, Illness as Metaphor, Penguin Books, 1978(邦訳:スーザン・ソンタグ『隠喩としての病い』みすず書房)

34 谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』1917、井上章一『美人論』朝日文芸文庫、p.167より引用。

35 Susan Sontag, Ibid. p.33

36 マリオ・プラーツ、前掲書、p.293

37 Susan Sontag, Illness as Metaphor, Penguin Books, 1978, p.18

38 「宿命の女」は女体に対する眼差しの変化という文化史的文脈でとらえることもできる。山田登代子によれば、19世紀後半の女体のイメージ化(神秘化)とオートクチュールの誕生が無縁ではないという。「欲望の対象という役割を女の身体が独占し、あたかもその自然的属性であるかのような物語が定着して行くのは19世紀後半『パリ便り』がちょうど筆をおく後に始まる第二帝政期からにすぎない。[...]第二帝政はオートクチュールの成立期でもある。周知のようにオートクチュールというファッション産業は女性をターゲットとして成立し発展した。<モードの専制>はひとまず女をイメージの表層に閉じこめ、抑圧する装置として生成したのである。華麗な衣装が女性の身体を覆い、覆い隠すことによって「秘められた」身体の神秘を煽るーーこの近代の性の神秘神学こそロマンチック・ラヴ・イデオロギーにほかならないがーーこうして排他的に女をまなざしの対象とし<人形>化することによって生成発展したモード産業に、「宿命の女」という世紀末文学が呼応している。」山田登代子『メディア都市パリ』青土社、pp.290-291

39 藤原万巳「増殖する雪おんな」『ユリイカ』1995.4

40 ラフカディオ・ハーン「忠五郎のはなし」『怪談・奇談』角川文庫、所収、pp.256-7

41 同じことは「雪女」にも言えよう。「雪女」と「忠五郎のはなし」は男を殺す存在であるほかに、ヒロインの魅力的な笑顔、超自然的な力(魔力)、言うなのタブーとその違反などの共通点をもつことがまずは指摘できる。だが、問題は殺し方とその意図だ。もちろん、雪女は人間の血を吸うのではなく、文字通り凍り付く息を吹きかけるわけだが、藤原万巳が指摘するように「血を啜ることと冷気を与えることは同じこと」(前掲書)に他ならない。他者の生命を奪うことで、それと交換に自分の生命を延命するという西洋の吸血鬼の経済学はどちらの作品にも想定することができる。しかも、女吸血鬼の場合は、すでに指摘したように性的に男を誑かし破滅させる「宿命の女」としての面が強いわけで、この点でも「雪女」と「忠五郎のはなし」は吸血女の物語になっている。