2016.1.18

山梨大学 秦康範

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2016年1月17日の「通電火災」についてのNHK報道に関する補足


 2016年1月17日NHKニュース7NHKスペシャルにおいて、阪神・淡路大震災の通電火災について取り上げられました。報道された内容について補足をさせていただきます。

1.何が新しいのか

 今回の分析結果の新しい点は、従来必ずしも明確でなかった送電再開と出火の関係について、時空間分析により明らかにしたことです。特に、出火原因が不明とされていた火災について、データに基づいて示したことが挙げられます。

2.感震ブレーカーを取り巻くこれまでの経緯

地震後に電気の復旧に伴って発生した「通電火災」という現象は、阪神・淡路大震災で広く知られることとなりました。しかしながら、通電火災対策は主に電気機器の安全対策(耐震安全装置の組み込み)と、電力会社による送電再開における需要家の在宅確認の徹底、需要家への地震時の避難の際にはブレーカーを切ることの周知が主に進められ、感震ブレーカーの普及啓発については、国や電力会社は積極的に行ってきませんでした。

阪神・淡路大震災を受けて、消防関係者や火災研究者が積極的に感震ブレーカーの必要性を訴えていたにもかかわらず、感震ブレーカーの普及が進まなかった理由は、国会での質疑(1998年に小川勝也参議院議員震災時における電気火災防止のための「感震ブレーカー」に関する質問に対する、野中広務国務大臣の答弁書)に見ることができます。簡単に言えば、感震ブレーカーは夜間の地震の際の避難に支障を来す可能性やコスト負担、信頼性の問題等、需要家にデメリットが生じ得ることが挙げられており、国は感震ブレーカー普及については消極的でした。その結果、21年が経過した今日においても、感震ブレーカーはほとんど普及していない(内閣府の調査で6%という数字がありますが、回答者の多くは漏電ブレーカーと勘違いしているとの指摘もあり、実際はもっと低いと考えられています)のです。

これは、阪神・淡路大震災を受けて、ガス会社が積極的にマイコンメーターを普及させたことと比べると大きく異なります。もちろん、可燃物であるガスと、それ自体が必ずしも危険なものではない電気とでは対策が異なっていたとしても何らおかしくはありません。しかし、経済産業省や電力会社は、1970年代以降漏電火災が大きな社会問題となり、漏電ブレーカー(漏電遮断機)については積極的に普及啓発を行ってきました。こうした状況を踏まえると、経済産業省や電力会社が通電火災そのものに対して、大きな問題と認識してこなかったことが背景にあると考えられます。では、なぜ通電火災が大きな問題と認識されなかったのでしょうか。1998年に消防科学総合センターがとりまとめた「地震時における出火防止対策の在り方に関する調査検討報告書」によれば、電気を熱源とする火災が、原因が判明した139件のうち85(61%)に上ることが報告されました。しかし、原因が判明した火災の多くは、原因の特定が可能な規模の小さな火災がほとんどであり、通電火災の多くは「ぼや程度であり」、ユーザの不注意によるものが少なくなかったとされました。阪神・淡路大震災では、285件の火災が発生しましたが、146(51%)は原因不明とされ、大きな問題となった大規模延焼火災の多くは原因が特定されませんでした。

 そのため、通電火災の問題を大きく社会的に認知してもらうためには、当時出火原因が不明とされた火災に目を向け、データに基づいて通電との因果関係を示すことが重要であるとの認識を持つに至りました。火災専門家である東京理科大学教授の関澤愛先生の協力を得て、長年にわたりデータ収集を進め検討を行って参りました。今回のNHKスペシャルの取材を通して、送電再開と出火の時間差のみならず、空間的な関係が明確に示されることとなりました。

3.感震ブレーカー以外の対策の徹底ではダメなのか?

 従来からなされているように、需要家が避難の際にブレーカーを落としたり、復旧時における電力会社による安全確認の徹底では十分ではないのでしょうか。この点については、東日本大震災の教訓が挙げられます。東日本大震災では、東北電力や東京電力は安全を最優先に丁寧な復旧作業が行われましたが、復電に伴う火災が少なからず発生しました。これは、電力会社の安全確認が不十分であったと理解すべきではなく、むしろどれだけ確認を徹底したとしても防ぐことは難しいと理解する必要があると思います。安全確認を徹底することは、停電の解消に時間がかかることを意味するので、早期復旧と安全確認がトレードオフの関係にあることも留意する必要があります。

また、東京消防庁管内では停電は起きませんでしたが、20件以上の電気火災が発生しました。これは、阪神・淡路大震災では被害の大きい地域と停電した地域がほとんど重なっていましたが、東日本大震災では被害が必ずしも大きくなかった地域でも火災が多数発生しました。つまり、通電火災の本質は、停電した地域に送電が再開されるときに発生する危険があるということではなく、地震の揺れにより出火が起こりえる状況が発生することにあると言えます。従って、地震後の通電に伴って発生する火災が問題と理解すると問題を矮小化して捉えてしまうことになることから、下記の内閣府の検討会では、通電火災という用語は意図的に使用せず、電気火災という用語で統一しています。

 大都市では、地震の発生する時間帯によってはすぐに帰宅することが困難となり、地震時に不在であればブレーカーを落とすこと自体ができなくなります。やはり感震ブレーカーのような地震の揺れをトリーガーとして、自動的に電気を遮断する仕組みが不可欠であるといえます。感震ブレーカーの普及促進については、内閣府大規模地震時の電気火災の発生抑制に関する検討会の報告書のp.91p.94に詳しく説明されています。「地震時に各家庭において自動的に電力供給を遮断する感震ブレーカー等が普及していれば、安全かつ早期の電力供給の再開が可能です」(前述p.93)という指摘は大変重要であり、感震ブレーカーの普及は需要家サイド、供給サイド双方にメリットがあるのです。

4.現在の状況

 感震ブレーカーを取り巻く環境は、20153月の内閣府「大規模地震時の電気火災の発生抑制対策の検討と推進について(報告)」により大きく転換しました。大規模延焼火災のリスクが高いところを中心に感震ブレーカーの普及を推進することが明記され、国も電力会社も感震ブレーカーの普及啓発に取り組むこととなりました。今後、感震ブレーカーについてより社会的な関心が高まり、普及促進されることを強く願っています。
 なお、地震時の電気火災は1994年ノースリッジ地震など海外でも報告されており、決して特殊な現象ではありません。わが国が特殊なのは、木造密集市街地など都市の火災リスクが極めて大きいことです。この火災延焼リスクは、電力会社によるものでないことは自明であり、だからこそ社会的な問題として官民連携して対策を推進する必要があるといえます。