溶液中の三ヨウ化物イオンのEXAFS解析

阪根 英人、三井 貴之、渡辺 巌、谷田 肇

はじめに

ハロゲンは種々のポリ陰イオンを生成することが知られている。これはおもに臭素とヨウ素についてみられるが、特にヨウ素では原子の数が多種にわたるポリ陰イオンが知られている。ハロゲン元素の化学の中でも特に興味深いテーマであるこのポリ陰イオンの性質については、様々な手法によって研究されてきているが、基本的な情報であると考えられる溶液中の構造の溶媒依存性を調べた研究はない。I3- の各種溶媒中での標準生成自由エネルギーと種々の溶媒パラメータとの関係が研究されている1)が、同様に溶媒パラメータと構造との間にも明確な関係があると予想される。この研究では、代表的なハロゲンポリ陰イオンであるI3-の種々の溶媒中でのEXAFSを解析し、その溶存構造の溶媒依存性について調べた。

実験

溶媒には、アセトン(AC)、N, N-ジメチルアセトアミド(DMA)、ニトロメタン(NM)、N, N-ジメチルホルムアミド(DMF)、テトラヒドロチオフェン-1, 1-ジオキシド(TMS)、メタノール(MeOH)、アセトニトリル(AN)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エタノール(EtOH)、ならびに水(aq)を使用した。水以外の溶媒には等量のヨウ化ナトリウムとヨウ素を溶質として使用した。またそのうちのいくつかの溶媒には、三ヨウ化テトラ-n-プロピルアンモニウム(TPAI3)の溶液も調製した。濃度はいずれも0.01 mol dm-3である。水溶液はI3-の生成定数とヨウ素の溶解度が小さいことから0.01 mol dm-3溶液を得ることができなかったので、ヨウ化ナトリウムの濃度が0.04 mol dm-3、ヨウ素が0.01 mol dm-3の溶液とした。

ヨウ素K吸収端のX線吸収スペクトルはSPring-8 BL01B1 にて、室温下透過法で行った。分光結晶面はSi(311)を使用し、高次光除去に全反射ミラーを用いた。セル光路長は溶媒のバックグラウンド吸収や全ヨウ素濃度により5 cmから20 cmの間で調整した。解析にはTPAI3粉末を標準試料として用い、その結晶構造2)を元にしてFEFF 6.01により計算した位相シフトと散乱能を使った。水溶液以外の溶液試料は1 shellモデルで、水溶液はI-とI3-の2 shellモデルで解析を行った。

結果と考察

TPAI3のEXAFSフーリエ変換を図1に示す。溶液試料でもピークの高さや幅に違いがある他は図1の室温と同じフーリエ変換が得られた。TPAI3中のI3-は対称的直線構造であり、アセトンとメタノール溶液のラマンスペクトルから、溶液中でも対称的直線構造であると考えられる。しかしながら、室温で測定したスペクトルのフーリエ変換には、多重散乱効果により強く現れると期待される5.8 Å付近のピークが全く見られなかった。同時に測定したI-水溶液の吸収端直上のスペクトル構造から、SPring-8 BL01B1 Si(311) はヨウ素K端のr = 5.8 ÅのEXAFS信号の測定に充分なエネルギー分解能を持っていることが確認できたので、TPAI3の10 Kにおけるスペクトルを測定したところ、図1に示したように第2ピークが現れた。このことから、室温のI3-のヨウ素K端EXAFSにおいて第2ピークが現れないのは温度因子が大きいためであることがわかった。

溶液試料のEXAFS解析結果をI-とI2からI3-ができる際の生成定数を横軸にとって図2に示す。プロトン性溶媒であるMeOHaq以外には明確な傾向が見られない。また、同じ溶媒で対イオンの違いによる差もほとんど見られない。図3に横軸を溶媒の電子受容性の強さを表わすMayerらのアクセプタ数3)にとって示す。非プロトン性溶媒の一群はアクセプタ数が10から20程度とあまり大きな違いはなく、EXAFSの結果には明確な依存性は見られない。プロトン性溶媒ではアクセプタ数に大きく違いがあり、Debye-Waller因子の大きさには正の相関が明らかに見られる。横軸を溶媒の電子供与性の強さを表わすGutmannのドナー数3)にとったときの結果を図4に示す。これらの結果は一見全く傾向がないように見える。しかし、プロトン性溶媒であるaqMeOH、ならびにEtOHを除いて見ると、差は非常に小さいがDebye-Waller因子の大きさに明らかに負の相関が見られる。これらの結果から、I3-のI-I間結合に対して非プロトン性溶媒では溶媒の電子受容性はほとんど影響がなく、溶媒分子のルイス塩基性が影響することがわかる。一方、プロトン性溶媒ではルイス塩基性よりも電子受容性の影響の方がはるかに大きい。すなわち、プロトン性・非プロトン性溶媒ともルイス酸塩基性度により統一的に影響が説明できることになるが、プロトン性の有無により酸・塩基性のいずれを考慮するかを分けて考えなければならない。まとめて考えると、溶媒分子がI3-の電子密度を下げるとDebye-Waller因子が大きくなりI-I間結合が弱くなることになる。I3-の分子軌道の最高被占軌道は比較的単純な考察4)では5p軌道からなる反結合性軌道であると考えられるが、この結果からは反結合性軌道ではなく結合性軌道であると考えたほうがよい。


第3回XAFS討論会, Nagoya (2000. 6).

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