【雑記】良い研究とは何か,について思うこと

「なぜ私は今の研究をしているのか・なぜ研究者は研究をするのか」「良い研究を行うにはどうすればよいのか」ということについて,近日中に人前で話す機会が出来ました.1つ目の質問はともかく,2つ目の質問について私はまだ語ることのできる立場にありませんが,「どのような研究が良い研究(だと思う)か」については今の私でも述べて良いように思いました.そこで,2つ目の質問はそのように読み換えた上で,忘れないよう自戒の意味を込めてここで自分の考えを整理しておきたいと思います.

 

私を含む職業研究者が研究をしている理由には,いくつものことが考えられます.個人のモチベーションという観点からは,まずは「興味の追求」という点が大きく,おそらく多くの方が研究職を選んだきっかけもここにあるのではないかと思われます.また,研究を広く発信することは,所属する業界や引いては社会全体に自分のことを広く知ってもらうこととなり,承認欲求が満たされるという点も大きな動機となり得ます.新しい特許の取得などによる金銭的なメリットや,多くの業績を残すことによる社会的な立場の向上(出世など)も,職業研究者にとってはもちろん重要になり得ると思います.

各個人が研究に取り組む実際の動機には,人によってそれぞれの大小はあるにせよ,上記の複数が入り混じっていると思います.いずれの理由が大きいとしても,研究を主体的に行い良い成果を出すためには,こうしたモチベーションを自分の中で強く持ち続けることは重要だと思います.

 

次に,職業として研究をやることの対外的な意義という観点についてです.職業研究者の多くは組織に所属して給与を受け取っていますし,大学などの公的機関であれば税金等を原資にした研究費を,民間企業の研究所であればその企業の経費を元に研究を行っています.そのため,上記のような個人的なモチベーションだけでなく,どのような意義を持って研究を行うべきかにも意識を払う必要があると思います.

研究は,究極的には社会や文化を一歩進めるような貢献のあることが目標だと思います.そのような大きな貢献にはなかなか達することができなくとも,その研究の属する分野の発展に少しでも寄与することがあれば,それは意義のある研究だと思われます.分野の発展のためには,わずかでも良いので新しい内容・同じ分野の人にとって多少でも感心されるような内容が含まれている必要があります.組織から給与を受け取っているという点では,組織に利益を与えるような(かつ,もちろん公益に反しない)研究であることが重要になることもあります.民間企業の研究機関であればその企業の利益に関連する成果が求められ,公的機関であれば,機関の運営費にも関わる研究費を取得したり,成果を出して機関の名声を高めたりすることが求められるかと思います.

 

こうした個人の動機・社会的な意義を踏まえると,良い研究というものはそれらの動機・意義に適うような研究ではないかと思います.特に,個人の興味を満たすもの・社会や分野の発展に寄与するものは,自分の知っている他者の具体例を思い返してもやはり良い研究と言って良いように思います.

また,そのような成果を含んだ研究は,例外なく研究者自身の多くの時間と熱情が投入されているように感じます.どれだけその問題にこだわりを持って取り組んでいるか・周辺知識も含めて必要な情報をしっかりと調べているか・取り組みの新しさや重要性を客観的にかつ強く説明できるか.こういった部分にかけた時間の厚みや熱量を感じる研究は,発表を聞いていて・もしくは論文を読んでいて唸らされることがあります(この辺りは本当に自戒の意味で書いていますので,「宮本は他人事のように書いている」と感じられましても御容赦ください).

 

研究に限らないことだと思いますが,何事も人を感動させるのはその物事にかけられた時間と熱情だと思います.取り組んでいるものに対する真摯さ,と言い換えても良いのかもしれません.良い研究・良い仕事をなすためのノウハウや意識すべきことはもちろん様々あるかと思いますが,何らかの分野で素晴らしい成果を挙げた人達の姿を見ると,取り組みに対する真摯さという点は共通しているように感じます.

2018年01月15日|ブログのカテゴリー:雑記