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 深海生物の起源と系統  > 深海生物の系統

説明文の1

深海のイメージと言えば、「暗くて、冷たくて、圧力が高い」ではないでしょうか。生物に関していえば、「奇妙奇天烈なものが多い」でしょうか。では、同じ体積では浅海と比べて深海の生物量は少ないのでしょうか。  

説明文の2

深海とは植物が光合成を行うことのできる有光層(一般的には水深200m)より深い所をさし、海洋の約95%が深海である。高圧で、水温は平均2、3℃。海嶺や海溝付近に断続的に存在する熱水域や湧水域周辺に「化学合成生物群集」が特異的に存在することが1977年に発見された。  

  

説明文の3

深海の平均水深は3800m。富士山が麓からすっぽり入ってやっと平均水深に到達する。海のほとんどが深海である。人類はこの深海のことをほとんど知らない。  

説明文の4

深海は植物が光合成を行うことのできる有光層(一般的には水深200m)より深いところなので、植物が生存できない。すなわち、植物が光合成によって、生物のエネルギー源である有機物を作ることができない。それゆえ、それより深い深海では、有機物がどんどん少なくなって、それに頼っている生物も少なくなる。それが同じ体積では浅海より深海の方が生物量が少ない理由である。ところが、人類が月に足跡を残した1970年代に、やっと熱水域や湧水域には生物が非常に高密度に存在することが明らかになった。人類は地球自身のこともよく知らないのである。  

説明文の5

熱水域や湧水域に高密度に生息する生物の群集を化学合成生物群集と言う。熱水域や湧水域ではメタンや硫化水素が発生する。メタンや硫化水素を酸化してエネルギーを生産し、有機物を合成する化学合成細菌に依存して、化学合成生物群集は成り立っている。化学合成生物群集は、植物の光合成によって生産される有機物に依存する光合成生物群集とは別の世界を形成している。化学合成生物群集の代表的なものにシロウリガイ類、ハオリムシ類、シンカイヒバリガイ類がいる。    

説明文の6

熱水域はプレートの拡大域や背弧海盆に、湧水域はプレートの沈み込む収束域に沿って存在するため、時には近隣のサイトまで数千km離れている。湧水域は比較的寿命が長いと考えられているが、熱水域は数十年で衰退すると考えられている。    

説明文の7

日本周辺では4つのプレートの境界があり、熱水域(赤丸)や湧水域(青丸)に化学合成生物群集が存在する。光合成生物群集と化学合成生物群集を結ぶ鯨骨生物群集(黄丸)はわずかに存在する。

説明文の8

深海調査は、有人潜水船「しんかい2000」、「しんかい6500」や無人潜水船「ドルフィン-3K」、「かいこう」によって行われる。ただし、 「しんかい2000」は現在運行停止中。    

説明文の9

有人潜水艦船「しんかい2000」には、船長と船長補佐と研究者1人の3人しか乗ることができない。図のように船長補佐が椅子に座って、船長と研究者は床に座ったり寝そべったりして覗窓から船外をみて、操縦したり、観察する。    

説明文の10

2002年有人潜水船「しんかい2000」を搭載した母船「なつしま」に乗船し、横須賀から出航。    

説明文の11

6月30日黒島海丘(湧水域)に初潜航。    

説明文の12

ハイテクの機器を使いながらも、母船から潜水船を最後に切り離すのは人手による。スイマーが「しんかい2000」上で連結を切り離す。    

説明文の13

潜航開始!母船のスクリューがみえる。海底まで静かに潜航していく。    

説明文の14

着底。一面にシンカイヒバリガイ類がひろがるまさに深海の楽園!深海の生物密度は、有光層で生産された有機物(マリンスノー)に依存する場合は低いが、熱水域や湧水域の化学合成生物群集では、地球上で最も高い値に匹敵する。    

説明文の15

シンカイヒバリガイ類とは、軟体動物門二枚貝綱イガイ科のシンカイヒバリガイ亜科あるいはその中のBathymodiolus属を指す。沿岸域に生息するイガイ科は微生物などを濾し取って食べるろ過摂食によって栄養を得ているが、シンカイヒバリガイ類はメタン酸化細菌や硫黄細菌を体内に共生させることによって光の届かない環境で生命を維持している。化学合成生物群集の主要なメンバーの一つである。ただし、深海の平均水深より深いところからは見つかっていない。    

説明文の16

シンカイヒバリガイ類の鰓の上皮細胞は化学合成細菌を細胞内に蓄えている。化学合成細菌のおかげで、光の届かない(光合成を行えない)深海で高い生物密度を維持することが可能となっている。    

説明文の17

シンカイヒバリガイ類はスリット状の構造のあるメタン酸化細菌(右の上下)か、特に顕著な構造がみられない硫黄細菌をもつ。大西洋のいくつかの種類は両方の化学合成細菌をもつ。

説明文の18

シンカイヒバリガイ類はこの細菌が老化した際に細胞内消化して糧としている。あるいは、細菌の合成したエネルギーを何らかのかたちで受け取っていると言われる。現在は前者の方が有力だとされている。    

説明文19

シンカイヒバリガイ類は、軟体動物門二枚貝綱イガイ科のシンカイヒバリガイ亜科に分類されている。シンカイヒバリガイ亜科はシンカイヒバリガイ属(Bathymodiolus)22種、オオマユイガイ属(Gigantidas) 2種、Tamu属1種によって構成される。これに加え、未記載種も多く存在する。    

説明文の20

ミトコンドリアのCOI遺伝子とND4遺伝子の塩基配列を合体して構築した樹形図。シンカイヒバリガイ亜科(グレーの部分)は3つのグループ(Group 1、2、3)に遺伝的に分けらえる。Group 1はさらにGroup 1-1とGroup 1-2に分けられる。Adipicola cryptaはヒバリガイ亜科に属するが、遺伝学的にはシンカイヒバリガイ類に近縁であった。 Adipicola crypta以外の鯨骨や沈木から得られたヒバリガイ類はシンカイヒバリガイ類の外群となり、浅海性のヒバリガイ類はさらにその外側に位置した。

説明文の21

グループ1は、メタン酸化細菌をもつシンカイヒバリガイ属から成るグループ1-1とオオマユイガイ属から成るグループ1-2を含む。日本周辺海域を含む西太平洋と大西洋に分布する。インド洋や東太平洋に生息しない理由は不明。

説明文の22

グループ2は、主に硫黄細菌をもつシンカイヒバリガイ属によって構成され、汎世界的に分布する。シンカイヒバリガイ類の進化過程で汎世界的に拡がった後、分断と分散を経ながらもそのまま汎世界的な分布を維持していると思われる。大西洋にはメタン酸化細菌と硫黄細菌を同時にもつものがいる。 。

説明文の23

グループ3は、硫黄細菌をもつシンカイヒバリガイ属によって構成され、日本周辺海域を含む西太平洋に分布する。シンカイヒバリガイ類の進化過程で汎世界的に拡がった後、他の海洋では絶滅し、西太平洋に遺在存的に生息すると思われる。

説明文の24

グループ2では、東大西洋、大西洋、インド洋と西太平洋の種が各々クラスターを形成している。ただし、大西洋に生息するB. brooksi(ここには示されていない)は、これらの3つのクラスターが分岐するよりも古い時代に別れている。

説明文の25

東大西洋と大西洋のクラスターの分岐は、パナマ地峡形成に先立つ環境変化によって、大西洋とインド洋・西太平洋のクラスターの分岐は、アフリカ・アラビア陸塊のユーラシアへの衝突によって海洋の連絡が分断されたために起こったと推定される。ただし、一般的にはパナマ地峡形成に先立つ環境変化より、アフリカ・アラビア陸塊のユーラシアへの衝突による海洋の連絡の分断の方が時代的に古いとされる。

説明文の26

パナマ地峡形成に先立つ環境変化による東大西洋と大西洋のクラスターの分岐を、1000~1200万年前として推定したシンカイヒバリガイ類の進化時間。各系統の進化速度に変異があることを考慮して推定した。赤いバーが各々の分岐が起こった進化時間の推定の範囲を示す。

説明文の27

シンカイヒバリガイ類の進化史。約2000万年前にシンカイヒバリガイ類の多様化が始まった。