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 希少生物の保護と環境保全  > イシガイ類の系統

説明文の1

イシガイ目は、世界で850種以上が報告され、淡水二枚貝類の中で最も多様性に富んだ分類群である。イシガイ目のグロキディウム幼生は、魚に寄生する必要があり、イシガイ目の中には、魚をおびき寄せるために、ルアーのような外套膜を発達させる種もいる。  

説明文の2

世界のイシガイ目は現在、イシガイ科・カワシンジュガイ科・エゼリアガイ科・ハイリダエ・イリジニダエ・ミセトポディダエの6つの科に分類され、イシガイ科とカワシンジュガイ科は、日本にも生息する分類群である。  

  

説明文の3

近藤(2015)は、貝殻や幼生の形態に基づき、日本国内に生息するイシガイ目を12属18種に分類した。しかし、分類に関しては異なる意見もある。  

説明文の4

紀平ら(2003)は、貝殻の形態に基づき、イシガイ科の分類群に、琵琶湖固有種のササノハガイと、琵琶湖固有亜種のタテボシガイ、メンカラスガイを加えている。  

説明文の5

Heard & Guckert(1970)は、「淡水二枚貝類に見られる類似した貝殻の形態は、共通の祖先に由来するというよりもむしろ収斂や平行進化が原因である」と主張している。収斂とは、系統の異なる複数の生物が、類似する形質を個別に進化させること。例えば、ヨーロッパモグラとケラは、前足の外形がよく似ているが、系統は大きく異なる。正確な分類体系を構築するためには、形態学とは異なる観点から、日本国内に生息するイシガイ目を包括的に解析する必要がある。    

説明文の6

Lopes-Lima et al.(2017)は、ミトコンドリアのCOI領域と核の28S領域を用いて、世界のイシガイ目の属間の関係を検証し、これまで支持されてきた亜科と族の分類体系を大幅に変更した。彼らは、イシガイ科を、ニシウネヌマガイ亜科、イシガイ亜科、ドブガイ亜科に分け、さらにChamberlainiini族、Lamprotulini族、Lanceolariini族、Cristariini族を提唱した。しかし、彼らは、日本の種18種のうち1種(マツカサガイ)を用いただけであり、また、日本に生息する12属のうち3属は系統樹に含まれていない。    

説明文の7

2017年に環境省により発表されたレッドリストの見直しでは、日本のイシガイ目の全18種中13種が記載され、多くの種の絶滅が危惧されている。しかし、イシガイ目の遺伝学的情報は、ほとんど明らかになっていない。日本産淡水二枚貝類の分類を確立し、系統関係を明らかにすることは、多くの絶滅危惧種を保護するためにも重要である。

説明文の8

そこで、本研究の目的は、「16S rRNA遺伝子とCOI遺伝子の遺伝学的情報を基に分子系統解析を行い、日本国内のイシガイ目の系統関係を推定し、現在の分類体系を評価すること」とした。本研究は、分子系統学の観点から日本産淡水生イシガイ目の系統関係の推定と分類体系の構築に貢献し、イシガイ目の保護活動に有益な情報を提供すると思われる。    

説明文の9

本研究では、近藤(2015)の全18種の全種(73個体)を用いた。紀平の分類群としてタテボシガイを用いた。サンプルは、系統解析の前に、形態学的特徴によって暫定的に同定した。    

説明文の10

解析に用いたサンプルの採集地。本研究では、種は同じであるが、産地が異なるサンプルも多く用いた。例えば、マツカサガイは、岐阜県、山形県、広島県、奈良県の個体を用いた。    

説明文の11

解析には、ミトコンドリア16S rRNA遺伝子を用いた。16S rRNA遺伝子は、Lydeardらの北アメリカのイシガイ目の系統解析に用いられており、関係の遠い生物間の関係を調べるために用いた。COI遺伝子は、DNAバーコーディングに用いられ、関係の近い生物間の関係を調べるために用いた。DNAバーコーディングとは、「特定の短い塩基配列(すなわち、DNAバーコード)を用いて生物を同定する手法」である。    

説明文の12

ミトコンドリア16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく系統樹。それぞれの単系統群は、近藤(2015)の分類体系のイシガイ目、イシガイ科、カワシンジュガイ科、イシガイ亜科、ニシウネヌマガイ亜科に相当していることがわかる。    

説明文の13

ミトコンドリアCOI遺伝子の塩基配列に基づく系統樹。それぞれの単系統群が、近藤(2015)のイシガイ目、イシガイ科、カワシンジュガイ科、イシガイ亜科に相当していることがわかる。しかし、近藤(2015)のニシウネヌマガイ亜科は、単系統群を形成しなかった。    

説明文の14

より情報量を増やして解析するため、ミトコンドリア16S rRNA遺伝子とCOI遺伝子の塩基配列を合体させ、系統樹を構築した。それぞれの単系統群は、近藤(2015)のイシガイ目、イシガイ科、カワシンジュガイ科、イシガイ亜科、ニシウネヌマガイ亜科に相当していることがわかる。16S rRNA + COIの系統樹は、系統樹の全体で高い信頼度が得られ、16S rRNA単独の系統樹に樹形に近かった。    

説明文の15

本研究で得られた系統樹(左)と近藤(2015)の分類体系(右)を比較すると、どちらも、イシガイ目はイシガイ科とカワシンジュガイ科に、また、イシガイ科はイシガイ亜科とニシウネヌマガイ亜科に分けられた。このように、本研究で得られた系統関係は、主に形態学的観点から構築された近藤(2015)の分類体系を支持した。日本産淡水生イシガイ目の系統関係は、ほぼ明らかになったと思われる。    

説明文の16

しかし、本研究の系統解析だけでは、不十分な点もある。ドブガイ属の中のヌマガイとタガイは、単系統群を形成しなかった。紀平らは、「ドブガイ属は、全国的に分布し、環境によって最も地域変異の多い種で、従来から分類に悩まされてきた」と報告している。    

説明文の17

紀平ら(2003)が亜種としたタテボシガイは単系統群を形成したが、イシガイは単系統群を形成しなかった。イシガイの一部は他のイシガイよりもタテボシガイに近縁であった。一方、イシガイ属全体は高い信頼度で支持され、タテボシガイとイシガイを合わせて1つの分類群として扱うべきであることが示唆された。

説明文の18

一方、カラスガイ属の中の山梨県山中湖産のカラスガイは、高い信頼度で単系統群を形成し、青森県や新潟県のものとは異なった。紀平は、「カラスガイとされるものは、山梨県の河口湖、山中湖で確認したが、これらは比較的殻長が短く、殻の特徴から琵琶湖から移植されたものであると考えられ、メンカラスガイであると思われる。」と報告した。本研究で用いた山中湖産のカラスガイとされるものは、紀平ら(2003)のメンカラスガイである可能性がある。    

説明文19

Lopes-Lima et al.(2017)のCOI遺伝子を用いての解析結果と同様、本研究のCOI系統樹では、トンガリササノハガイなどを含むLanceolariini族は、カラスガイやヌマガイなどを含むドブガイ亜科(Anodontinae)の中に含まれた。一方、16S rRNA系統樹や16S rRNA + COI系統樹では、Lanceolariini族はドブガイ亜科ではなく、貝殻の形態がより類似する、ヨコハマシジラガイやタテボシガイなどを含むイシガイ亜科(Unioninae)に含まれた。