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 深海生物の起源と系統  > ハナシガイ・キヌタガレイ

説明文の1

全ての生物がシンカイヒバリガイ類のように深海へ適応したとは限らない。 むしろ、生物はそれぞれ多種多様な戦略を用いて深海にその生態的地位を確立させたと考えた方が自然であると思われる。 そのため、生物の深海への適応過程を解明するためには、イガイ類以外の生物を用いたさらなる研究が必要である。 本研究では新たにハナシガイ類とキヌタレガイ類に着目した。  

説明文の2

共生細菌をもつ二枚貝類は、ハナシガイ類、キヌタレガイ類、 シロウリガイ類、ツキガイ類、イガイ類、Nucinelidaeの6つの分類群で知られている。ハナシガイ類は、深海あるいは浅海といったことに関係なく共生細菌をもつ種と、共生細菌をもたず濾過摂食を行う種の両方が存在する。シロウリガイ類、キヌタレガイ類、ツキガイ類はこれまで観察されたすべての種が共生細菌をもつ。イガイ類は、主に深海域に生息する種が共生細菌をもち、浅海域の種は濾過摂食をする。Nucinelidae類は詳細が知られていない。  

  

説明文の3

現在一般に認められている二枚貝類の系統樹。系統樹の枝の上に示した黄色い星型は、共生細菌をもっていることを表す。現在までに、キヌタレガイ科、クルミガイモドキ科、イガイ科、さらに異歯亜綱のハナシガイ科、ツキガイ科、オトヒメハマグリガイ科の6つの科の二枚貝類において、共生細菌の存在が知られている。キヌタレガイ類はこれまでに調査されたすべての種が共生細菌をもっており、消化器官が退化している。  

説明文の4

ハナシガイ科の二枚貝類は共生細菌をもっている種と、もっていない種がいることが知られている。本研究で用いるハナシガイ類やキヌタレガイ類は泥の中に潜り込んでおり、目立ちにくく、採集もしにくいために、研究が遅れている。  

説明文の5

ハナシガイ類は、マルスダレガイ目ハナシガイ科に属し、およそ90種の現生種が知られている。 世界中の高緯度~低緯度地域、潮間帯~超深海域といった幅広い範囲に分布する。 還元的な泥の中、湧水域、熱水域、鯨遺骸など多様な環境に生息しており、 化学合成生物群集の一員となっている。 ハナシガイ類は、蝶つがいのギザギザの歯が極めて乏しく、 そのため歯がない、ハナシガイという名がつけられた。体長は1mm未満のものから10cm程度のものまで幅広く存在するが、10mm未満の非常に小型なものがほとんど。    

説明文の6

多くのサンプルは、海洋研究開発機構JAMSTECの潜水艇により採取・保管されているものを提供していただいたが、鍋田湾、稲取沖、足摺岬のサンプルと、鹿児島湾のサンプルの一部はドレッジにより採取した。    

説明文の7

小さく破損しているものが多く、写真を撮れたものは少数。遺伝学的解析のため1個体全てを用いる場合もあった。

説明文の8

DBから外国産のデータを引用し、合わせて系統樹を構築した。    

説明文の9

説明文の10

ハナシガイ類のCOI遺伝子に基づく系統樹。浅海→鯨骨遺骸→深海の順に分岐しなかった。    

説明文の11

ハナシガイ類の18S rRNA+COI遺伝子に基づく系統樹。浅海→鯨骨遺骸→深海の順に分岐しなかったが、解析することができた鯨骨遺骸のハナシガイ類が、野間岬沖の未記載種1個体だけであるため、進化的ステッピングストーン仮説を否定するには至らなかった。信頼性は高くないが、水深5345mの日本海溝に生息するカイレイハナシガイと水深855-1173mの初島沖未記載種がグループを形成した。    

説明文の12

Duforは、ハナシガイ類26種の鰓の上皮細胞を観察し、半数以上が共生細菌をもたないことを示した。また、ハナシガイ類には、鰓の上皮細胞の構造について、3つの異なる構造タイプが存在することを示した。タイプ1の構造をもつすべての種と、タイプ2の構造をもつほとんど種は細菌をもたない。一方、タイプ2の構造をもつごく一部の種と、タイプ3の構造をもつ全ての種は細菌をもつ。タイプ2の右側と3のスケッチの斜線部分が、細菌をもつバクテリオサイトの存在を示す。    

説明文の13

本研究で用いたサンプルの中では、3種(青色)がタイプ2の構造をもち、下の2種では細菌をもたない左側の構造タイプがみられ、バクテリオサイトがある右側の構造タイプはT. equalisだけでみられた。ハナシガイ類の祖先種は、おそらくバクテリオサイトのあるタイプ2の細胞構造をもっていたと考えられる。また、3種(灰色)がタイプ3の構造をもつ。色分けしていないものは、構造タイプが知られていない。ThyasiraやMaorithyasでは、タイプ2からバクテリオサイトが拡大したタイプ3へ進化した可能性がある。それ以外の属では、バクテリオサイトをもつタイプ2から、バクテリオサイトが消失する方向への進化が起こった可能性がある。    

説明文の14

キヌタレガイ類はキヌタレガイ目キヌタレガイ科に属し、浅海や深海の砂泥中、鯨骨遺骸といった低酸素、還元環境に生息している。 古生代デボン紀の地層から化石が産出しており、二枚貝の中でも最も原始的なグループである原鰓類に分類される。    

説明文の15

本研究用いたキヌタレガイ類。    

説明文の16

青色がAcharax 1、水色がAcharax 2、緑色がAcharax 3、赤色がSolemyaを示す。また、丸が湧水域、星が鯨骨遺骸、三角が浅海で採集されたことを示す。時にグループごとの地理的なまとまりはないことがわかる。    

説明文の17

キヌタレガイ類の18S rRNA遺伝子に基づく系統樹。黄色の丸は浅海、赤色の丸は鯨骨遺骸、青色の丸は深海に生息することを示す。四角で囲われている個体は、本研究で塩基配列を決定したもの。Acharaxは単系統群を形成せず、3つのグループに分かれた。一方、Solemyaは単系統群を形成した。Acharax 1とAcharax 2は深海に生息する種のみから構成された。Acharax 3は浅海・鯨骨遺骸に生息する種から、Solemyaは、浅海、鯨骨遺骸、深海に生息する種から構成された。浅海→鯨骨遺骸→深海の順に分岐しなかった。

説明文の18

キヌタレガイ類のCOI遺伝子に基づく系統樹。COI遺伝子ではデータベース上にデータが少なかった。ラウ海盆の未記載種の例外を除けば、SolemyaとAcharaxはともに単系統群を形成した。浅海→鯨骨遺骸→熱水域・湧水域の順に分岐しなかった。しかし、Acharaxのサブグループにおいては、浅海、鯨骨遺骸、深海の順に分岐が見られ、進化的ステッピングストーン仮説が成立する可能性を示唆した。    

説明文19

キヌタレガイ類の18SrRNA+COI遺伝子に基づく系統樹。AcharaxとSolemyaがそれぞれ単系統群を形成した。さらにAcharaxは3つのサブグループに分かれた。信頼性は高くないが、サブグループ3及びSolemyaで、浅海、鯨骨遺骸、深海の順に分岐したことが示された。このことから、キヌタレガイ類は、その一部において各々独立して、進化的ステッピングストーン仮説に示すような進化過程を経た可能性がある。    

説明文の20

キヌタレガイ類は分類群全体としては進化的ステッピングストーン仮説を支持しなかった。。しかし、Acharaxの一部とSolemyaが、各々独立して、進化的ステッピングストーン仮説に示される過程を経て深海に進出していった可能性がある。

説明文の21

キヌタレガイ類は内靭帯をもつSolemyaと外靭帯をもつAcharaxの2つの属に形態学的に大別されるが、遺伝学的な解析はそれを裏付けた。

説明文の22

18S rRNA遺伝子の系統樹に基づいて、グループと生息水深の関係を調べた。青色がAcharax 1、水色がAcharax 2、緑色がAcharax 3、赤i色がSolemyaを示す。黄色はアウトグループのクルミガイ目。Acharax 1 とAcharax 2は浅海から深海まで幅広く分布する。Acharax 3とSolomeyaは主に浅海に生息する。総じてAcharaxは浅海から深海まで幅広く分布しているのに対して、Solemyaは浅海を中心に生息しており、水深によるおおまかなすみ分けが行われているのかもしれない。

説明文の23

ハナシガイ類とキヌタレガイ類は、分類群全体としてイガイ類のように生息地ごとにグループを形成しなかった。 このことから、ハナシガイ類とキヌタレガイ類はイガイ類で支持される進化的ステッピングストーン仮説とは異なる適応過程を経て深海へ進出した可能性がある。進化的ステッピングストーン仮説にかわる新たな仮説として、南極大陸仮説を提唱する。

説明文の24

南極が寒冷化する過程あるいは氷河期-間氷期サイクルの間、 南極の棚氷は拡張と後退を繰り返したと思われる。それに伴い大陸棚に生息する底生生物が押し出されては戻るという現象が起きた。 このとき深海へと押し出された生物の中で、深海の環境に適応し得たものがその生息域を深海へ拡げたとする仮説が南極大陸仮説である。

説明文の25

そもそも南極大陸は大陸棚が他の大陸に比べて極端に狭いという特異的な環境であるため、 浅海と深海の空間的な隔たりが小さく、棚氷によって生物が深海へと押し出されやすいといえる。また、南極周辺の生物は浅海種でも低温に対する耐性を既にもつと考えられ、ハナシガイ類とキヌタレガイ類は浅海の種でも共生細菌をもっているものがあることから、沈木や還元環境のある深海底で化学合成細菌の産生するエネルギーに依存して、深海の貧栄養に対処可能だと考えられる。

説明文の26

南極大陸仮説を支持すると思われる報告がある。①等脚類のセロリス科が南極から深海に進出したという報告、②南極海の浅海に生息するウニの胚・幼生には高圧耐性が見られ、深海に進出する能力をもつという報告、③南極の様々な生物が大西洋のものより広範囲の水深に分布しているという報告。南極大陸仮説を検証するためには、南極大陸付近の高緯度地域に生息しているハナシガイ類とキヌタレガイ類を用いた解析が必要である。